第3章 真珠湾への道は日露戦争での勝利から始まっています
第4章 進みはじめた真珠湾への道
第5章 日本軍、中国への軍事介入を始める
第6章 日中戦争突入、三国同盟、そして米国との対決へ
 この部分の内容は「小説・昭和からの遺言」の前史および今書いているところまでと重なります。日露戦争が真珠湾への道の始まりであったというのは、この本で教えられた新しい視点でした。日露戦争は米英の支援があって成り立った戦争で、その戦費の8割は海外から調達されました。日本は辛勝しましたが、講和の条件は、満洲においては日露両軍の撤収であり、日本に与えられたのは鉄道の利権のみでした。
 しかし日本側は満洲の全土について特別の権利を得たかのように行動し始めます。そこには莫大な対外債務や国債を償還しなければならない経済的な困難がからんでいました。資源の少ない日本には満州が必要であるという「生命線」論が台頭して、国民もそれを当然と思い込むようになります。それによりアメリカの警戒心を呼び起こして、日米関係は冷却に向かい、やがて排日運動を招くことになるのです。
 その中にあって国際協調路線を堅持しようとしたのは伊藤博文でした。日露戦争後に日本は朝鮮への影響力を強め、併合へと進むのですが、ここで伊藤博文が性急な併合工作に賛成せず、ゆるやかな自治政府を構想していたというのは、この本で初めて知りました。伊藤は初代の韓国統監に就任したため、ハルピン駅で韓国の民族活動家、安重根によって暗殺されるのですが、絶命の前に犯人が韓国人であったことを知らされて「馬鹿なやつだ」とつぶやいたと言われます。
 著者の孫崎氏は、明治の元勲のうちで伊藤博文が山縣有朋よりも先に死なずに、その逆だったならならば、アジアの歴史は今とは変っていただろうと述べています。愛国の志士だった安重根は、伊藤を殺して一矢むくいた英雄として讃えられながらも、その実は韓国の同胞に、より深い苦難の歴史を呼び込んでしまったのかもしれません。しかし現実の歴史は、今につながるこの一種類しかないのです。
 満州事変から以後の展開については、詳細な資料を提供してくれる本ですが、大筋では私がこれまでに理解していたところと大きな違いはありませんでした。天皇は軍部の独走に懸念を示しながらも、結果がよければ追認せざるをえないのです。その結果を踏まえて「帝国の立場」が固まって行きます。天皇もまた国民大衆の一人に過ぎないように見えてきます。