昨夜は老人党護憲プラスの例会で、生方卓さん(明治大学准教授)をゲストに迎えました。大学でやってきたばかりの授業のレジュメを、そのまま使ってのお話で、テーマは戦争体験の掘り起しと、記憶の消失による戦争の繰り返しです。安倍内閣の「わが国の存立危機事態」と「積極的平和貢献」の理屈は、太平洋開戦の「自存自衛」と「東亜の安定」のために米英と戦うという宣戦の詔勅と、ぴったり重なるのです。
 戦後70年ということは終ってから70年ですから、戦争体験はその前の5年間であり、日本の戦争を満州事変から始まったとすれば、そのまた10年前からです。10歳の子供のときの記憶としても、最初から経験した人は、今は95歳ということになります。リアルな記憶が教訓になるというのは、もはや虚構でしかないでしょう。
 だから過去の戦争の正当化も、歴史の再評価と書き直しも、やりやすい時代になっているのです。そんな中でも生方さんのように着実に歴史を研究している人がいます、生方さんは終戦翌年の生まれですから戦争を体験はしていません。それでも地道な研究で資料を集め、昨夜の本テーマは満洲におけるアヘン利権と、細菌研究の731部隊および登戸研究所のつながりでした。この秘密資金と秘密研究は天皇直属で、そこには満州の仕切り屋としての岸信介が深くかかわっているのですが、戦後は研究成果の全部をアメリカ軍に提供することによって、責任追及を免れました。
 こうした歴史の掘り起しと研究の自由は、これからも確保したいものですが、下手をすると「新・皇国史観」の権威づけと「異端」の摘発が始まるかもしれません。大学から「役に立たない人文科学系」をなくせという時流は、警戒を要します。これから先は、話し合いを聞きながら私が考えたことを書いてみます。
 戦後70年を、「みんなが忘れてしまうほど長く、本格的な戦争をしない時代がつづいている」と考えたらどうでしょうか。一回の世界大戦で7千万人、当時の世界人口の3.5%を殺してしまったのが70年前に終ったのです。どの国の兵器も、その後格段に性能が向上、つまり破壊力を増して整備されているのが現状です。これらの兵器は、誰に向けてどのように使うつもりなのですか。
 誰でもおそらく「撃たないと自分がやられる」場合に必要だから持っていると答えるでしょう。戦力を持つことによる安心感は、常に相手との相対的な関係で決まるのです。その相手が言葉の通じない異星人ならともかく、ふだんは観光や貿易取引で往来している隣人であっても、常に「戦ったら勝てる」備えをしておかないといけないものでしょうか。互いに相手に脅威を感じさせない範囲に自制したら、双方が楽になります。
 このとき、「オレ戦争しない」と言い出しっぺになる国があったら、世界的な軍備デスカレーションの先導者として尊敬されるでしよう。これは軍人の発想からは出てきません。そのことを、いま私は「小説・昭和からの遺言」に書いています。