「ゾウの時間とネズミの時間〜サイズの生物学」(本田達雄・中公新書)は1992年に初版が出て、かなり話題になったと思う。ゾウの心臓はゆっくり鼓動するが、ネズミの心臓はすごく早く打っている。ところがどちらも20億回ぐらいで一生が終るといったことが書いてある。呼吸の回数も、ほぼ同じような比例になっているようだ。
 当時は岩波新書ばかり読んでいたので、これは読まなかったような気がする。気になるので一通り読んでみた。人間を特別扱いせず「ヒトサイズの哺乳動物」として扱っているのが面白い。ヒトのサイズなら、標準代謝量は88.8ワットになるそうだ。食糧の消費量から見ると、平均してこの1.87倍を使うぜいたくをしているが、まあ許せる範囲だろう。ところが一次エネルギーの消費量から見ると、なんと生存に必要な量の63倍ものエネルギーを使って暮らしている。ひどい資源の浪費をしているわけだ。
 ヒトサイズの哺乳動物の行動範囲は、半径およそ2キロになる。30分ぐらいで歩ける範囲で狩猟採集をしていれば、過不足なく暮らして行けるわけだ。この生活圏に、16.3匹(人)の仲間がいるのが、平均的な生存密度になる。たぶんその範囲なら、殺し合いなどしないで共存して行けるのだろう。ただし、これだと現在の人口密度は適正の320倍にもなってしまうそうだ。逆に人口密度にふさわしい人間のサイズは、体重140グラムの小動物にならないといけない。
 自然に帰りたくても、もう帰れないほど遠くまで来てしまった人類なのだった。せめて地球と和解して、持続可能な暮らし向きをめざして貰いたいものだと思うのだが、それほどの知恵があるのだろうか。作り上げてしまった枠の中でしかものを考えなくなっているから、奇妙なことが次々に起こってくる。国立競技場を壊してしまったところで設計が白紙からやり直しになった。同じようなものを、また同じ場所に作り直さなければならない。そうこうしているうちにエンブレムというものが話題になった。
 エンブレムというのは、シンボル(象徴)とほぼ同じ意味だが、シンボルになる具体的な画像、旗幟、バッジなどを意味するようだ。このデザインが、創作だ、盗作だ、偶然の一致だなどでエンドレスの議論になり、これまた白紙撤回になってしまった。これが天下の大事件のように扱われるのは、毒にも薬にもならない無難なニュースだからに違いない。それよりも、5年後に日本で無事にオリンピックが開けるとしたら、それは非常な幸運に恵まれた場合だろう。福島原発もその他の原発も破綻せず、日本の政治経済も国際関係も破滅を免れている場合に限られる。
 今さら返上もできないだろうが、日本の真夏の7〜8月に行われるオリンピックを、どっちみち私は見に行くつもりはない。