本日から東中野ポレポレで上映が始まった井上淳一監督の映画「大地を受け継ぐ」の初回を見てきました。福島の問題にも関心を持ちつづけている甥が見に行くというので、私も関係者舞台挨拶つきの上映を見ることができました。
 映画に登場する主人公は、福島県須賀川市で、二百年8代にわたって農家を営んでいる樽川和也さんです。和也さんの父親は、2011年3月24日朝、自分の農地横に立つ木の枝にロープをかけて自死していました。農協から放射能汚染による農作物出荷停止のファックスを受け取った次の日のことでした。和也さんは、技術者として企業に就職していたのをやめて帰農し、父親と共に働きながら農家の仕事を学んでいる途中でした。父から聞いた最後の言葉は、「お前に農業をやらせたのは間違いだった」という悔恨でした。
 そんな樽川和也さんのところへ、東京から若い学生たち10名ほどが訪ねてきます。そして父親から残された農地とともに生きて行くことを選んだ樽川さんの話に耳を傾けます。86分間の映画は、ほとんどが語り続ける樽川さんの言葉を聞くという、異例の構成になっていました。パンフレットにある監督の言葉によれば、それは「言葉を撮るという、最も非映画的な手法」なのかもしれません。しかしそれが同時に「言葉の切れ目や、その奥にあるものをリアルに浮かび上がらせる」という、すごい効果を生むのでした。
 ここでは、言葉の端々まで明瞭に聞き取れる録音技術と、すぐれた話し手としての樽川さんの資質にも助けられていると思いましたが、観客の全員は、この「樽川さんの話を聞く会」に参加したのと同じ経験をすることになるのです。放射能による汚染は、単なる「風評」ではなくて、厳しい「現実」なのです。それでも樽川さんは二百年からの父祖の農地を、耕作放棄地にすることはできません。そのことは、政府見解による「放射能の安全レベル」という話とは、違う次元の問題なのです。
 ですから樽川さんは「私だって福島の農作物は食べたくありません」と言い切ります。そう言いながら作付けを繰り返すことの苦しさも隠しません。不安ながらも放射能との共生を強いられている現代日本の矛盾を、正面から見つめているのです。そして「自分が生きている間に、原発の不安から解放される日が来るだろうか」という疑問を、上映後の舞台挨拶の中で述べていました。
 井上監督は、「私たちは、忘れてはならない」ということを強調していました。福島はもちろんですが、パレスチナにも、近くはシリアにも、忘れてはならない人たちがいます。さらに言えばこの映画は、「今日ここに見に来て下さらなかった人たちにこそ、見ていただきたかった」映画なのです。

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