選挙前の6月14日に哲学者の柄谷行人氏は、朝日新聞の「憲法を考える」シリーズに登場して憲法を論じていた。その趣旨は、政権党がいかに議席を伸ばし国民投票にかけようとも、憲法9条を変えることは絶対にできないというものだった。それを哲学として説明しているので興味があった。これの原典というか、著作としての「憲法の無意識」(柄谷行人・岩波新書)が今年の4月に発行されている。この本も参照しながら、まずは柄谷氏の説明を紹介してみよう。
 「なぜ9条は変えられないといえるのですか」という質問に対して、柄谷氏は「9条は日本人の意識の問題ではなく、無意識の問題だからです。」と答えている。さらに、無意識は潜在意識とは違う、潜在意識なら洗脳して変えさせられることが出来るが、無意識はそうではないと次のように続ける。「私がいう無意識はフロイトが『超自我』と呼ぶものですが、それは状況の変化によって変わることはないし、宣伝や教育その他の意識的な操作によって変えることもできません。フロイトは超自我について、外に向けられた攻撃性が内に向けられたときに生じるといっています。」
 このあたりからやや難解になるのだが、日本人の意識は敗戦の経験によって大きく変り、戦争の反対の平和に向かったという一般的な理解があるが、柄谷氏はもっと深いところから見ている。たとえば日本よりも真剣に反省したと言われるドイツでも、憲法9条のような法制はなく再軍備も受け入れている。それに対して日本では、非戦が無意識の領域にまで入ってすでに「文化」になっている。こうなると、どんな言説によっても簡単に動かすことはできないのだ。
 こうなったについては、日本の戦後事情が大きくかかわっている。マッカーサーは占領政策として天皇制の保存と平和主義をセットとして構想した。それは「戦争にかかわらない伝統的な日本天皇制の復活」でもあった。これについて柄谷氏は、「日本人が9条を作ったのではなく、9条のほうが日本に来たのですから。それは、困難と感謝の二重の意味で『有(あ)り難(がた)い』と思います」と述べている。
 憲法9条の現世的な「ご利益」について、柄谷氏の判断はさらに広がって行く。たとえば国際社会に対しては、次のように述べている。「国連で日本が憲法9条を実行すると宣言すれば、すぐ常任理事国になれます。9条はたんに武力の放棄ではなく、日本から世界に向けられた贈与なのです。贈与には強い力があります。日本に賛同する国が続出し、それがこれまで第2次大戦の戦勝国が牛耳ってきた国連を変えることになるでしょう。それによって国連はカントの理念に近づくことになる。それはある意味で、9条をもった日本だけにできる平和の世界同時革命です。」
 この考え方は非現実的だろうか。そうではないと柄谷氏は言う。「カントの考える諸国家連邦は、人間の善意や反省によってできるのではない。それは、人間の本性にある攻撃欲動が発露され、戦争となった後にできるというのです。実際に国際連盟、国際連合、そして日本の憲法9条も、そのようにして生まれました。どうして、それが非現実的な考えでしょうか。」