
朝のNHKニュースの時間は、真珠湾での安倍首相の演説を延々と放送していた。あまり長いので途中で見るのをやめて、ネットに全文が出ていたから内容がわかった。官邸の意を受けて専門家が知恵を集めて作文し、読み方の演出にも気を配っているのがわかった。自画自賛の美しい言葉を並べ、これくらいのことを言っておけば受けるだろうと、自信をもって臨んだに違いない。
ハワイで日本軍の奇襲を体験したアメリカの元軍人も招かれていたようだが、実際に75年前の記憶を残している人は、ごく少数になっていることだろう。演説の流れを聞いていると、あの戦争が「日米同盟の類まれな強固さ」を作り上げるための、喜ばしい事件であったかのように聞こえてきた。実際には破壊と殺戮の修羅場だった筈である。しかも無警告の「だまし討ち」であった。フェアな精神を尊ぶアメリカ国民には、何よりもそれが許せなかったのだ。だから「リメンバー、パールハーバー」を合言葉に、全力をあげて日本打倒に立ち上がることができたのだった。
太平洋戦争でのアメリカ軍は強かった。その強さは、日本軍の正反対と言えるほど異質なものだった。何よりも兵士の命を大切にし、洋上に降下した一人を救うために艦隊を出動させたりもした。ベテランの操縦士一人を育てるまでの時間と費用は、それだけの価値があるという合理的な判断だった。真珠湾から早くも始まっていた特別攻撃隊、小型潜航艇を送ったが効果もなく戦死した9名を、「軍神」として祭り上げた日本軍とは鮮やかな対照を示している。作戦においては必ず勝てるだけの兵力を集中して日本軍の弱点を突いてきた。そして勝つためには洞窟にこもる日本兵に海水を注いで追いつめ、ガソリンを流して焼き殺すことも辞さなかった。
それだけではない、本土空襲では、非戦闘員が居住する住宅地を根こそぎ焼き払った。日本の戦争能力を奪うためには、日本人の生活基盤そのものを破壊するのが有効と判断したわけだ。その上に、戦意をなくさせる切り札になるという理由で、広島と長崎には2種類の原爆を1発ずつ投下して見せた。
日本降伏後に占領軍として上陸したアメリカ軍が、略奪をせず、国民に対して日本軍よりも優しい軍隊であったことは評価してよい。そしてアメリカからの援助物資が、日本人を深刻な飢餓から救い、戦後復興への足がかりとなったことも事実である。そして日本はアメリカの保護国のようになり、それがいまだに続いている。
真珠湾で日本の首相は謝罪しないということは、当初から決めてあったようだ。それよりも未来志向の日米関係を強調すると説明されていて、その通りに運んだ。だが曲りなりにも戦争を知っている私の感覚は違う。ハワイ奇襲は、ルール違反として謝罪すべきなのだ。それはそれとしアメリカへの借りは返しておいて、対等な日米関係を築いてほしいのだ。「強固な日米同盟」だけが日本の立場だと、勝手に決めてもらっては困るのだ。貸し借りなしの対等な日米関係なら、ハワイでの借りは、はっきり謝罪しておくべきだった。ひたすらに日米同盟を持上げる安倍演説への違和感の原因は、そこにあった。



