書きたいテーマが重なって逆に停滞していますが、一昨日の「老人党護憲プラス」の例会で、「NPOパレスチナの子どものキャンペーン」の事務局長・田中好子さんから聞いたお話のことを、忘れないうちに書いておきます。今の世界情勢の中で話題にはならなくなっていますが、パレスチナの状況が改善しているわけではありません。むしろイスラエルによる圧迫が固定化し、パレスチナ自治政府の力は衰弱したままなのです。その中でこのNPOは、とくに状況のひどいガザ地区を中心に、「とにかく目の前の子どもたちの状態を少しでも改善する」ために、国連に協力して活動しているのです。
 ガザ地区は、海沿いの細長い飛び地で、種子島の面積のところに182万人(2014年)つまり熊本県の人口ぐらいの人たちが収容されています。境界は高いコンクリートの分離壁で囲まれ、壁の近くは立ち入り禁止で、ガザ側から近づけば常時狙撃されます。海も完全に封鎖されていて、漁業はごく近海でしか許されません。住民の暮らしは、7割までが国連の支援で支えられています。そして人口の半分近くが15歳未満で占められている、つまり非常に若い住民構成なのです。
 こんな不自然な状況ですから、数年おきにイスラエルとの間で紛争が起こり、ゲリラが手製ロケットを発射したりするとイスラエル軍の報復で空爆や砲撃を受けます。建物の崩壊などで死んだり負傷するうちの半数は子供たちということになってしまうのです。子供は生まれる場所を選べないのだから、どこに生まれたかで差別されてはいけないというのが、このNPOの立場です。だから映像資料では悲惨な場面が多いのですが、だからといって子供たちには自然なたくましさがあるという話もありました。
 そこで私は戦時中の自分の空襲体験を思い出しました。毎晩のように続いた空襲の中で、ただ悲惨の連続だったかというと、そうではないのです。家族と助け合い、なんとか無事に切り抜けようとする緊張感がありました。不謹慎かも知れませんが、上空で展開する空中戦などは、胸おどる活劇の楽しさでもありました。敵機撃墜の嬉しさと爽快さは、野球中継のホームランの興奮など足元にも及ばない感動だったのです。そんな話をしたら、ガザの子どもたちも、それと同じということでした。
 それでも、子供たちがそんな経験をすることの全体が許されるわけがありません。私は、内地の日本人の戦争体験は、おもに空襲であったために、よほどマイルドになったと考えています。空から来る爆撃は、やや天災に近いところがあるのです。目の前で肉親を敵兵に刺殺されたような恐怖とは、質的に違うと思うのです。それは相手が原爆であっても共通しているかもしれません。それと、家が石造りのガザでは、木造家屋が焼き払われた日本よりも、悲惨な負傷者が多く出るだろうということも感じました。
 それにしても何にしても、根本の悪は戦争にあります。戦争を体験した者、目撃した人は、戦争が絶対の悪であることを、長く言い伝えなければなりません。