今朝の新聞(朝日「折々のことば」)にあった言葉で、小学5年生の娘が母親に言い返した場面だという。舞城王太郎の小説「秘密は花になる」の中にあるらしい。この小説のことは何も知らないのだが、この言葉が新鮮だった。そうなのだ、私だって初めて生きているので、毎日が知らないことの連続なのだ。
 この場面では「間違いとか、あるもんだよ。」の後につづく文脈で出てくるのだが、人が生きることの「ただ一回性」を、みごとに言い表している。前世があって、前の世に経験したことを覚えているのなら、人はずいぶん賢く生きられることだろう。でも、そうは行かない。誰でもリセットされて、何も知らない頭で赤ん坊として生まれてくる。そのことを改めて思い出させてくれた。
 何も知らない赤ん坊は、たいてい母親から言葉を教えてもらう。やがて知恵がついてくると文字を覚え、絵本などを読むようになる。そして周囲の人々から話を聞かされ、いろんな本を読みながら大人の仲間に入り、日本に生まれれば日本人になって行く。私もそのようにして大人になった。
 いま83歳になって、老年にさしかかった毎日がある。それらしい穏やかな毎日だが、賃上げ相場が決まるこの時期だけは、ビデオ取材に同行することがある。今日がその日になった。手分けして取材に行く中の一つの責任者になって行く。今日だけは現役復帰である。行ってきます。