昨日は終日、ネット接続が不良で、外からの情報と遮断されていました。旅行などの場合を除いて、ここ10年ほどで初めての経験です。おかげで日常の暮らしが、大きくネットに依存していたことを思い知らされました。その場になってみると、単体の自分のパソコンだけで出来ることは、ほとんど何もないのです。作文だけならできるわけですが、いつも純創作ではなく、外からの情報に反応して、ものを考えていたいたことに気がつきました。いつもよりは新聞やテレヒを見る時間は長くなったでしょうが、それで代用できるレベルではありませんでした。
 きょうになって正常にもどったのですが、改めて「社会的に生きる」ということを考えています。私の友人には、ネットは一切やらないという人も多くて、その人たちもそれぞれ立派に生きているのですが、従来から親しんでいるメディアや人々との会話などで情報を得ているのでしょう。それらと比べてネット情報の特徴は、「自分の関心に従って、限りなく深掘りができる」ところにあると思います。つまり個性的な情報収集ができるということです。それが私の場合は、自分に合っているように感じています。
 昔は辞書、百科事典、図鑑などを調べなければわからなかったいろいろなことが、今はネットでほぼ瞬時にわかるようになりました。昔に比べて、かなり「物知り」になったと自分でも思います。それで威張れるというのではありませんが、安心感と自信につながっていることは確かです。さらに、どんな本を読みたいか、新しい映画で見たいものは何かといった、知識欲の好循環が出てきていることも確かです。
 本当に、老年になってこんなに面白い経験をするとは予想していませんでした。70代になってからブログを始めたことが、この始まりでした。幸運に恵まれたと思っています。