先月4月の末まで、安倍首相は、かなり危ないところまで追いつめられた気分でいたのではなかろうか。教育勅語を生徒全員に唱えさせるなど、戦前回帰路線の森友学園は、安倍首相夫妻とは、親近感で結ばれた関係にあった。その学園が経営拡大のために欲しかった土地として、隣接する国有の遊休地があった。所管の官庁は、その土地を「ゴミが埋まっているので、その撤去費用を減額する」と理由をつけて、格安で学園に払い下げる決定をした。この前後に、安倍昭恵、首相夫人の名が出てきたのだ。
 これに関連してネット検索したら、「身内でズル罪」という面白い言葉が出てきた。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20170308/1488930855
 政・民・官の3者が(この組み合わせには限らないが)身内意識で結ばれたとき、ほとんどすべてのことが実現可能になり、これを罰する法律はない。「身内でズル」というと悪いことのように思われるかもしれないが、考えてみたら世の中の大半のことは「身内でズル」で回っている。家庭経営などはその典型の固まりだろう。健康保険など各種の社会保険も、広い意味ではみんな「身内でズル」の範疇に入ってしまう。さらに拡大すれば、国家の存在そのものが「身内でズル」の大きな制度化と見なすこともできるのだ。
 だから「身内でズル罪」は法律にならない。特定の相手に不当な利益を与えたなどの贈収賄や、官庁が国有財産を処分する際の不当な会計処理など、法律に違反する事案が問題にされるだけである。しかし安倍総理は不用意にも、2月17日の国会質疑で森友学園問題について「私や妻が関係していたということになれば、これはもうまさに総理大臣も国会議員も辞めるということは、はっきり申し上げておきたい」と発言してしまった。だからこれが首相の進退にかかわる大問題になってしまったのだ。
 ここでの正解は、「そんなこともあったかもしれないが、法律にふれる行為ではない。ただし道義的責任があるというご意見もあろうから、今後は妻にも注意させる」と言っておけばよかったのだ。だからこれは、安倍氏が自ら招いた災難と言える。なにしろ攻め手がなくて困っていた多くの人たちに、絶好の手がかりを与えて元気づけたのだから。その危険な「勇み足発言」が、このほど衆議院予算委員会の議事録から、ごっそり削除されたと伝えられている。国会の議事録というのは、政権に不都合なら、そんなに簡単に消せるものなのだろうか。
 しかしインターネットの現代で、国会議事録から発言が消されようと、この安倍発言はユーチューブでもブログ記事でも、フェイスブック、ツイッターでも、すでに無数に出回っている。動画を「魚拓」として個人で保存している人もいる。今さら「なかったことにする」のは、総理の権限をもってしても不可能だろう。
 けれども、これは「身内でズル」事件なのだから、もともと総理を辞めさせるほどの力はない。それなのに議事録の削除までしてくるのは、逆にこの件を安倍氏がいかに気にしているかを照射している。「総理大臣も国会議員も辞める」なんて、なぜ言ってしまったのかと、事あるごとに苦い思いを嚙みしめているに違いない。これから審議が進むにつれて、その苦渋が繰り返されることになる。「自業自得」とは、こういう状態を表現するための言葉だ。