「杉の子会」というのは、東京・北区立滝野川小学校(当時の正式名は国民学校)を昭和21年(1946年)3月に卒業した同期生の同窓会です。敗戦直後の卒業ですから、空襲下の東京にいた者も、集団疎開や縁故疎開で地方に行っていた者も、あまりちゃんとした勉強をしていなかった時代の子供たちでした。また、敗戦で世の中がひっくり返り、教科書の都合の悪い部分は破り取ったり墨を塗ったりして、「時代が変った」実感がありました。進駐して来たアメリカ兵のジープに「ハロー」と声をかけて、チューインガムやドロップスを貰った世代でもありました。
 この会に、昨年の私は行けませんでした。カゼが長引いていると思ったら高熱を発し、調べてもらったら尿路感染症とかで、点滴を受ける騒ぎになってしまったのでした。小学校の同期生ですから、みんな年齢は同じです。誰だって、いつ何があってもおかしくないのです。
 しかし、雑談をしていると、自然に耳に入ってくる当時の思い出があります。ろくに勉強していなかった私たちの学力が、高かったわけがありません。分数の計算が、全然わからなくて困ったという話が出ました。分数という概念自体が、私にもほとんどわかっていなかったと思います。戦時下の教室では、国語の読み書きに、ほとんどの時間が使われていたような気がします。寺子屋のような「先祖返り」が起きていたのです。
 国民学校を卒業したとき、通信簿を見たら、「理科」「図工」など、一度も習った覚えのない科目にまで適当に成績がついていたので驚きました。学校としても、建前としての科目と、重点的に教えたこととの差は承知の上だったのでしょう。基礎教育で大事なのは、何よりも日本語を読み書きする力をつけてやることです。それくらいの認識は、先生たちも共有していたに違いありません。
 当時、私たちが勉強した時間というのは、決して長くなかったと思います。小学生だって、防空壕掘りなんかをやらされていたし、警報が鳴ればすぐに下校して待避でした。それでも、学校での勉強は楽しかったのです。