警察病院で「結核菌と戦う」という方針が出てから、ほぼ1カ月が経過しました。本日の採血、レントゲン撮影以後の診察では、主治医から「肺の影は薄くなっている、血液の状態も改善している」という結果が示されて、このまま服薬を続け、3週間後に血液の検査だけして様子を見ることになりました。いつも丁寧な主治医先生、きょうはカゼにやられたとかで、声もほとんどささやくようにしか出ないお気の毒な状態でした。「先生もどうぞお大事に」と言って帰ってきました。大病院の医師だって、カゼは引くのですね。
 いま飲んでいる薬は3種類。抗感染症の抗生物質、結核菌を殺す薬、結核治療薬で、いずれもかなり強い薬のようです。副作用のところを見ると、倦怠感、食欲不振、尿の赤色化などが明示されています。倦怠感と食欲不振は根強くて、つらいものがあります。また、咳と痰は切れそうでいてなかなか完治せず、先日の函館への旅は、闘病との二人旅のような様相でした。そんな中でも旅行中は、思ったよりも食べられて栄養補給が出来ているように感じました。それはホテルで提供される食事のおかげだったと思います。 
 近ごろのホテルの食事は、夕食でもバイキング方式で、用意された各種の料理の中から、気に入ったものを自由に取ってくる方式が多くなっています。選ぶ楽しみがあり、また食べ物を無駄にもしないので気に入っています。とくに今回の2日目は快活な「えいこう」さんといっしょでしたから、相手につられておいしそうなもの自分も食べてみる、といった場面が多くなりました。たとえばズワイガニが目の前に出て来ると、せっかく北海道へ来てるんだから、カニも食べなくちゃと思うわけです。
 つまりホテル暮らしでは、いつも魅力的な食材が複数並んでいて、そこから選ぶ楽しみがあったわけです。そこが自分の家の食事とは違うところで、家ではおもに次女が用意してくれる「その日の献立」に従って食事することになります。次女は体育大学で学び、栄養学も知っていますから心強い担当者です。週のうち4日は担当してくれて、冷蔵庫に「明日の献立」の予定を貼り出したりしてくれます。
 それはそれでいいのですが、私たちも、いつも残り物、あり物だけで食事を済ますと決めなくてもいいのだと気がつきました。自分で何を食べたいと、積極的に考えるのは大切なことです。そしてそれはたぶん、食事を考えてくれる次女にとっても、良いことなのです。「何が食べたいか、言ってよ」と聞かれて、「何でもいいよ」と答えるのは、無責任な「丸投げ」だったかもしれません。
 あと何回あるかわからない食事の1回ごとを、もっと大事にしようと反省しています。私の育ちざかりは、出された食べ物に文句の言えない食糧難の時代でした。食べたいものを選べる平和な時代を楽しみながら、長寿のための食事を求めて行きたいと思います。