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 沖縄戦は、1945年(昭和20年)の3月末から6月にかけて行われた。日本軍による組織的な抵抗が終ったのが23日とされ、この日が「沖縄・慰霊の日」となった。この戦闘による死者は、アメリカ軍を含めて24万名以上になる。摩文仁の丘にある「平和祈念公園」の「平和の礎(いしじ)」には、国籍を問わずすべての犠牲者の名が刻まれているのだが、今年も54人が追加されたということだ。
 沖縄では住民の4人に1人が犠牲になり、その総数は軍人よりも多かった。軍は住民を守らなかった、洞窟から追い出した、集団自決を強要したとも言われる。日本兵のいなかった地域のほうが、住民の生存率はずっと高かった。戦争とは、そういうものだろう。
 いま84歳になっている私でも、当時は小学(国民学校)6年生の12歳だった。空襲下の東京にいたのだが、自分の才覚で戦場を生き延びるような力はなかったと思う。周囲の大人たちに言われるままに、右往左往するだけだったに違いない。その親たちにしても、焼夷弾の直撃に見舞われたら、運を天に任せるほかはなかったに違いないのだ。
 戦争は計画された破壊と殺戮だから、その害は自然災害の比ではない。庶民が逃げる算段をしたところで効果には限界がある。私が戦争体験者のような顔をして戦争への備えを説いたところで、おそらく何の役にも立ちはしないだろう。それよりもこれから大事なことは、抽象的でもいいから「戦争は絶対悪である」という事実を、多くの人が「思想として堅持して行く」ことだと思っている。
 戦争がいかに「反人間的」なものであるかを知ってほしいのだ。人が敵と味方に分かれて戦うとき、根本的な価値の逆転が起こる。敵機を撃墜し敵を殺すことが、味方にとっては何よりも嬉しい「戦果」になるのだ。大人も子供も手を叩いて喜び、「バンザイ」を叫ぶ。それはそうだ。焼夷弾を落してわが町を焼きにくる憎いB29が目の前で火を吹いて墜落するのだから。
 しかし、そんな「戦場の心理」に支配されている限りは、人間は幸せになることができない。自分にとっての「勝ち」は相手の「負け」であり、立場が変ればその逆になり、どこまで行っても安心できる「幸せ」にはならないからだ。私たちが「戦わなくてもいい」ことを知るには、「終戦」まで待たなければならなかった。
 でも、戦争を実感できない世代が多数を占めてくるのは良いことだと思う。体験者の繰り言など下らないと思ってくれても結構である。ただ、常識で考えたら、戦争がいかに外交の手段として無駄の多い愚劣な行為であるかはわかるだろう。そのことだけ知っていればよいのだ。