「安倍につける薬」としては、やはり支持率の低下が効き目があるようで、国会答弁がにわかに低姿勢になったらしい。昨日の質疑では、冒頭に「李下に冠を正さず」を持ち出したと新聞に出ていた。李園で冠に手をやると、果物を盗んだと疑われるから、誤解を受けるような行動をしてはならないという戒めだが、これを結局は「誘惑のある環境にいても、自分がしっかりしていれば問題ない」という言い訳の文脈で使ったようだ。
 ただし「疑いの目を向けられるのはもっともなことです」と切り出したそうだから、おいしい李園に足を踏み入れた事実については反省の念を示したことになる。清廉潔白を貫くのなら、そもそも友人の李園に行ったりしなければいいと思うのだが、総理大臣にも個人的な交友関係はあるわけだから、自然な人間関係は断ち切れないのだろう。
 しかし権力を持つ公人になったら、人間関係は複雑になる。何気ない行動でも、周囲にさまざまな影響を与えてしまうからだ。たとえば旧知で親しいマスコミ記者と会食したら、ただの雑談でも重要な情報源になってしまう。この場合は、ご馳走されたって筆は曲げないというのが、記者にとっての「李下に冠を正さず」になるわけだが、一歩間違えば「李下に冠を正さなけりゃいいんだ」という言い訳にもなってしまうだろう。
 つまりは「李下に冠を正す」かどうかは、そのような環境に入ってしまったあとの小さな問題なのだ。責任ある立場のものは、たとえ招待されても、みだりに友人の李園に行ったりすべきではないということだ。そうすれば冠のことなど気にする必要もないのだから。