北朝鮮が28日深夜(29日早朝)に打ち上げたミサイルが、じつはアメリカ本土までも届くICBM(大陸間弾道弾)だったというので、思ったよりも大きなニュースになった。北朝鮮はすでに核兵器の開発に成功したと言っているので、これでアメリカに対抗できる戦力を備えることになったというわけだ。北朝鮮としたら少なからぬ資源と労力を費やしただろうが、安全保障のために最優先で取り組んだのだろう。
 同じ時期に、日本では民間のロケットが、初の宇宙開発をめざして発射の準備をしていた。こちらは純・平和目的だから何の問題もないのだが、宇宙空間にロケットを上げられるということは、地球上のどこにでもミサイルを撃てる能力と、技術的には近いところにあるに違いない。しかし日本では憲法上の原則もあるし、軍事目的でないことがわかっているので、どこの国からも問題にはされない。 
 ここからわかるのは、宇宙ロケット技術が、時代とともに、どこの国でもできる「ふつうの技術」になって行って、それは大陸間ミサイルと見分けがつかなくなるということだ。核兵器もそうだが、最初は圧倒的な新戦力として開発国が独占するのだが、やがては世界の技術水準が上がって特別なものでなくなってくる。そうすると威力の大きい兵器は、各国が話し合って、製造や管理についてのルールを決めなければならなくなるのだ。
 後発国が追ってくることを警戒して、一方的に開発を禁止し、従わなければ実力行使で破壊するというのは無理がある。北朝鮮がミサイル技術にこだわるのは、それがないと国の存立が脅かされると考えているのは確実である。生存権を主張する「対話」の一種と見てもいい。「対話」であるのなら、「言葉の対話」に持ち込む方が、ずっと早くて効率がいいだろう。日本が先に立って「制裁」を言い立てるなどは、策の「下」なるものに思われる。

(追記・あうんの呼吸)
 中嶋寛さんのブログによると、安倍内閣の支持率が下がると、北朝鮮がミサイルを発射して緊張感を作り、支持率を回復させるとのこと。これを安(安倍)・恩(正恩)で「あ・うん」の呼吸だというのだけれど、まさかね。
http://noraneko-kambei.blog.so-net.ne.jp/2017-07-07