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 正月休みの間に読んで、いろいろと考えさせられた本だった(鴻上尚史・講談社現代文庫)。書かれている主人公は佐々木友次という実在の人で、陸軍伍長の飛行兵だった。この人は陸軍最初の特攻隊「万朶隊」に参加し、二度まで「大戦果をあげて散った特公兵」として「上聞に達する(天皇に個人名が報告される)」栄誉を与えられながら、実際には9回も特攻出撃を命じられた中でも奇跡的な生還を繰り返し、戦後に92歳で自然死したという、稀有な人生を全うした。
 私はこの人のことを知らなかったし、また、著者が1958年(昭和33年)生まれという、私たちの子供世代に近い劇作家・演出家であることにも感銘を受けた。あの戦争で起きたことを知っている筈の私(たち)に、これだけのものが書けただろうかと思ったのだ。著者は最後の第4章で「特攻の実像」として特攻攻撃の全体像をまとめている。そこには特攻を生み出した日本人の特性の分析などとともに、「特攻は効果のある攻撃だったのか」という根源的な問いへの答えも書かれていた。結論を先に言えば、「艦船は特攻では沈まない」のだ。
 船を沈めるためには、船体の喫水線以下の部分に穴を開けなければならない。そして私もこれを読んで知ったのだが、陸軍と海軍とでは、同じキロ数でも爆弾の構造は違うのだ。陸軍の爆弾は人馬殺傷が目的だから甲板を貫通しない。上部の構造を破壊するだけである。まして速度の遅い機体ごとの突入では効果が少ないのだ。事実、特攻の戦果として確認されているのは、撃沈は駆逐艦以下の小艦艇で、空母は商船を改造した仮装空母に限られるということだ。
 さらにこの本では、主人公が特攻を命じられるまでの過程で、「特攻を志願した」形跡が全くないのが気になった。阿川弘之の書いた海軍の場合では、最低でも「手を上げてみてくれ」程度の意思確認はあったとされているが、陸軍では部隊への命令として特攻作戦が伝達された形になっている。それが主人公に「俺は爆弾を命中させて帰ってくる」と反発させた伏線になっているのだ。陸軍と海軍との間で、その程度の感覚の差はあったのではないかと思われる。