昨日は日比谷図書館ホールで開催されたゲノム問題検討会議第5回シンポジウム「現代生命科学と『新しい優生学』」〜人間を作り変える医療はどこへ向かうのか?〜を聞いてきました。私には専門知識はありませんが、生命科学の分野で、いまゲノム編集という形で、人間改造計画の是非を問う議論が始まっていることは理解できました。
 優生学というと、私には、自分の結婚をめぐって真剣に考えた時期があったのです。昔は「優生保護法」という法律があって、どこの保健所にも「優生結婚相談所」というものが併設されていました。私の結婚相手は、「従兄の娘」でしたから、父親の反対理由の一つに「血が近い」という問題がありました。5親等の間柄で、しかも一世代ずれているので法律上も問題はありませんが、親族であることは事実でした。そこで私もこの「優生結婚相談所」を経由して、かなり真剣に専門家の意見を聞いて回りました。その「専門家」の意見にも、いろいろありました。
 やや年配の、頑固そうな医師は、「そりゃやめた方がいい」という意見でしたが、別な病院の若い医師は、「断定的なことは何も言えないのです。何よりも大切なのは、本人同士の間に、結婚したい意思が、しっかりとあるかどうかです」とアドバイスしてくれました。どんな子が生まれるかは、常に多少のリスクはあるものです。何があっても動じない信頼関係の有無が、ずっと大切だという趣旨でした。それを聞いて、私の意思は固まりました。そんな経験もあったので、昨日のテーマに興味があったのです。
 現在は、体外受精による妊娠が増加しつつあるということです。そうなると、体外での受精卵への介入という形で、ゲノム編集が行われる可能性が出てくるのです。それが、好ましくない遺伝子を排除するための「選択的妊娠」の段階では、同情の余地があるかもしれません。しかしそれは、一度は世界的に否定された「優生学」の思想を、現代に復活させる可能性を秘めているという、悩ましい問題が提起されているのでした。
 「子供は天からの授かりもの」であるのは厳然たる事実ですが、できれば「5体満足な健全な子供」を授かりたいと願うのも、また自然な人情です。しかし未授精の卵子の段階から「侵しがたい生命の尊厳」を認めるべきなのか、現代の科学は、ここでも重大な岐路を私たちの前に提示していることを実感しました。