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 反戦・元自衛官として活躍している小西誠氏の、原点がよくわかる本だった。1989年に新泉社から発行されている(1700円)。今は社会批評社の社長として出版界の一角を占めている人だが、この時点ですでに1970年の「反戦自衛官」(合同出版)を初めとして7冊の本を出しているのだった。また、1969年に自衛隊佐渡レーダー基地で、治安出動訓練を拒否して逮捕・起訴されるも、81年4月に無罪確定したという小西氏の経歴も知ることができた。
 この本のおかげで、自衛隊駐屯地の営内で営まれている隊員の日常というものが、かなりリアルに理解できたと思う。大半の隊員は、給料を貰いながら勉強して技術を身につけ、体も鍛えられるという素朴な理由で応募してくるのだ。そしてまた、幹部自衛官つまり職業軍人を目指してくる人たちとの意識の違いも浮き上がってくる。
 自衛隊員は警察官と違って、日常的に一般市民と接触することがないから、特殊な集団として固まりがちになる。実力組織としては、一糸乱れぬ行動が好ましいから、命令と服従を習慣づけようとする。そうした中で、個人の自由つまり民主主義を生かすことを考える人が、「反戦自衛官」になるのだと思った。反戦自衛官は今は少数派である。しかし、これは「民主主義国の軍隊の理想像とは何か」という、思いがけないテーマに私を引き込んだ。
 放置すれば、自衛隊は昔の「天皇の軍隊」と同じものになって行くだろう。現状は、間違いなくその方向を向いている。いったん命令が下れば、「ことの善悪を問わず」に目的を達するような訓練が繰り返されることだろう。だが、世界の趨勢はそれとは違うのだ。たとえば人道に反するような行動は、それが命令による場合でも、今の国際基準では免責されない。命令に抵抗しなかったことが罪とされるのだ。
 幸いにして今の自衛隊は日本国憲法の下で合法とされている。自衛隊員にのみ適用される軍法会議も存在しない。ちょうど折しも、安保法による出動に対する拒否権を訴えた自衛官の裁判で、上告を差し戻す決定が出た。自衛隊の中に「反戦自衛官」が増えてくることは、日本の安全な将来のために大いに好ましく、かつ誇りであると私は思っている。