(熊さん)ご隠居のとこも、珍しく3連休でしたね。
(ご隠居)いろいろあってね、面白すぎてブログにまで手が回らなかったことにしておくよ。きのうは恒例の西六郷少年少女合唱団の定期演奏会だった。「みんなのうた熱中人」の富沢瑞夫さんはじめ6人の中核メンバーが集まって、そこへ私が入って、さらに福岡から、初期みんなのうたを中心に、日本における翻訳唱歌の位置づけを博士論文のテーマにしているという大学の先生、佐藤慶治さんが飛んできてくれて、盛り上がる話し合いになったんだよ。この先生とは、数日前からのメールのやりとりで、急きょ演奏会への招待を決めたんだ。
(熊)盆と正月がいっしょに来たようなもんだね。
(隠)でもさ、変なものだな。本人の私は、みんなのうたを担当したのは偶然のつきあいみたいなもので、1年半だけやって、あとは希望を出して別な番組へ移ったわけだよ。その先で「われら10代」なんてのを担当して、井上ひさしさんとか、いろんな一流の人物と接する機会があって勉強させてもらった。そんな中では、みんなのうたは、通り過ぎた仕事の一つでしかなかったわけだよ。なんせ、たかが「5分間の歌番組」に過ぎなかった。しかも楽譜も読めない「音楽の素人」がやってたんだよ。目的はただ一つ、「子供たちを元気にする歌を流す」ことだった。担当が音楽部ではなくて、青少年部だったから出来た、という面もあると思ってる。
(熊)ふーん、よくはわからんけど、音楽の素人がやってたっていうのは、面白いですね。
(隠)いま思い出しても、音楽部には洋楽と邦楽の班があったけど、そのどっちとも、全く交流はなかったな。編成の上でも、「みんなのうた」は子供番組であって音楽番組ではなかった。これは大事な視点かもしれない。佐藤慶治さんに教えてあげよう。