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 入間市の文化創造アトリエ「アミーゴ」(西武線仏子駅)を会場とする、名物の「ふくろうの会」を聞きに行ってきました。これまでにも何度か紹介したことがありますが、東京近郊の、何でもありの「ださいたま」の雑種文化性を、遺憾なく発揮してくれるユニークな発表会です。今年のテーマは「落語・漫談」とし、佃祭(東京)、桐生の機神さま(群馬)、源氏物語(京都)、島原の子守歌(長崎)、お絹とお道(埼玉)、東北もんと九州もんの掛け合い(岩手・福岡)と、それぞれの方言を生かした出し物を競ってくれました。原形の作品はあるにしても、それぞれに自分の言葉で潤色して、ここでしか聞けない演目にしていました。半端でない勉強もしているに違いありません。
 聞いていると、日本語の多彩さ、豊かさということまで考えてしまいます。それが、学問的にどうこうではなくて、日常の言葉で個性的な会話をぶつけ合いながら、ちゃんと意味がわかってしまうところが面白いのです。ふだんは奥様然として、標準語で暮らしているであろう人たちが、一皮下にある「土着の言葉」に生命を与えると、とたんに生き生きした活力を発散するのです。
 東京で育った私には、土着の言葉というものがありません。静岡から来た父と、千葉から来た母は、家では標準語で話していました。そして、父からは、東京山の手の人たちの使う言葉が、日本語の標準なのだという思想を吹き込まれました。だから自分は、日本人の手本になる日本語を読み書き話しているというのを、誇りにするようなところがありました。それは国論を統一して強い国を作るという、当時の時代思潮を反映していたに違いありません。
 しかし今になってみると、自分には「標準語」しかなかったということが、何か頼りないような気がしてきます。べらんめぇの「江戸弁」などとも、縁もゆかりもなく育ちました。教科書に出てくるような、当り前の言い方しか知らないのです。だから逆に、標準でない「方言」に敏感になる面もあります。妻と結婚して60年になっても、微妙な「静岡ことば」の片りんに、妻との会話で気づくこともあります。
 私がいま、お国ことばの競演を心から楽しいと思いながら聞くのは、自分の中に持ち合わせないものが聞けるからでしょう。「標準語」しか知らない、使えない人もいるということを、きょう出演の皆さんは、気の毒と思って下さるでしようか。