朝日新聞の「天声人語」で、沖縄戦で日本軍の司令部が本島南部の摩文仁へ撤退したのが、きょう5月27日だったことを知った。このあと1ヶ月足らずの6月23日に組織的な戦闘は終るのだが、12万にものぼる県民の犠牲者の4割は、この1ヶ月に集中しているということだ。もし日本軍が陣地を死守して玉砕していたら、その後の戦闘はアメリカ軍にとっての掃討戦となり、住民の犠牲はずっと少なくて済んだことだろう。当時は沖縄は本土を守るための防波堤と考えられていたから、死力を尽くして戦い、少しでも長く時間稼ぎすることが使命と考えられていたのだ。
 戦争は暴力の対決だから、均衡が破れて一方が優勢になると、負ける側の被害が一挙に拡大する。だから負けそうな戦線からは早めに兵力を引き上げるのがいいのだが、日本軍は世界でもまれな「上手な負け方を知らない」軍隊だった。絶海の孤島にろくな補給もなしに放置された守備隊は、圧倒的な戦力で攻撃してくるアメリカ軍への対抗手段を持たず、次々に非人道的な「玉砕」をさせられたのだった。
 日本にとって幸いだったのは、太平洋戦争の終結が、本土への敵軍上陸の前に成り立ったことだった。これにはナチス・ドイツの降伏が先行したことが関係している。同盟国だったドイツの降伏で、日本は全世界を敵に回す形となり、誰が見ても勝ち目はなくなった。そこへポツダム宣言で、日本への降伏勧告が出た。内容は受け入れ可能な温和なものだった。惜しむらくは手続きを誤り手間取った間に、原爆の投下とソ連の参戦という二つの災厄を招いたことだが、ともかく国家の意志としての降伏を実行できたのだった。
 今の世界にも、あちこちで戦争の可能性がくすぶっている。しかし、かつてのような長期間の「総力戦」を予想する向きは少ない。おそらく、ごく短期間で決着はついて終るだろう。大量破壊兵器は、もっぱら「抑止力」として作られているからだ。それにしても、戦争は「始める前に止める」のがいいに決まっている。