永六輔の「大往生」(岩波新書)を読んでみた。ご本人は、この本を1994年に書いて話題のベストセラーとなり、しこたま印税を稼いだ上で、2016年つまり一昨年の7月7日に83歳で永眠した。この年には、この本は第100刷に達していたのである。
 永さんは寺の住職の息子だったから、仏教の素養があった。交流のあったいろいろな人の死に方を、軽妙に記録している。テレビ「夢で会いましょう」の構成もしていたから、私とも多少の縁はあった。人が死ぬ話を語っているのに、からっとしていて楽しく読める本だった。その最後にあった「自分のための弔辞」が秀逸だったので紹介したい。最良の自己紹介になっている。(以下引用)

 弔辞
永六輔さん。
あなたは「大往生」という本をまとめて、タイミングよく、あの世へ行きました。
あなたはいつも無駄のない人でした。
そして、本当に運の良い人でした。
高校生のときにNHKに投書して採用されて以来、上手に立ちまわって放送文化賞まで、すべて他人の褌で仕事を展開し、自分の都合が悪そうになると、喧嘩を売ってでも仕事を乗り換えてきました。
(中間部省略)
80冊目という出版の中で、書きおろしたものは一冊もないという鮮やかさ。やっぱり最後は座談会や父上の文章を借りなければならないという力のなさ。そんな時は放送の人間と言い、放送の現場では出版文化人という替り身の早さは、「マスコミの寄生虫」というニックネームにふさわしいものでした。
 そんな寄生虫の永さんが、人間らしく過ごしたのは御家族に囲まれていた時だけではないでしょうか。
 旅暮らしの中で、一番好きな旅はと聞かれて「我家への帰り道」と答えた永さんです。その永さんがあの世へ往ったら先に往っていた皆さんに、またあることないことしゃべりまくることでしょう。
 そうかといって、またこの世に帰って来られるのも迷惑です。
 三途の川に流されて、あの世にも、この世にもいないというのが、永さんらしい「大往生」だと思います。
 読者を代表してこの弔辞を……(引用終り)

私は自分のための弔辞を書くほど図々しくはない。でも、死んだときに、誰かが、いい弔辞を書いてくれたらいいなと思ってはいる。