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 きょうの朝日新聞の第一面だが、島から人がいなくなる話を、「島が死んでゆく」と書いている。島は死なない、人間の収奪から解放されて自然に還るというだけの話ではないのか。地球の上に人間が生まれたのであって、人間が地球を作ったのではない。サブタイトルの「老いる国はどこへ向かうのか」も、余計なお世話である。数知れぬ生物種が、生まれたり滅んだりして今の世界になった。人間の歴史も、せめて数万年ぐらいは続いて欲しいものだが、暦の上で考えると何百世紀もの長さになる。有史以来三千年ぐらいでこの騒ぎになっているのだから、この先が思いやられるというものだ。
 きのうは街頭アピールに参加させていただいて、たぶん生涯に一度の手持ちスピーカーでの呼びかけもしてみた。人前で話すことなら、学校の講堂で千人以上の生徒を相手に話したことも何度かあるが、街頭で人の流れに向かってしゃべるというのは、勝手が違って落ち着かなかった。辺野古の海を土砂で埋めて軍用基地を作るなどは、日本にとって世紀の愚行に決まっている。それを止めるのに、アメリカ大統領に請願する署名活動を進めているのだ。日本の政府はアメリカの言うことは無条件に聞くから、有効な方法なのかもしれないが。
 「安全保障のために基地が必要」などは、目先のことしか考えない下司の知恵である。軍事力では国を守れないことを学んだはずの敗戦から、考えてみれば、もう72年もたってしまったのだ。85歳の私でさえ、小学6年生で迎えた終戦だった。一方的に攻められるばかりの空襲を経験した乏しい記憶しかないが、それも今は遠い昔の「お話」として伝わるだけなのだろう。
 それでもやはり、言わなければならない。私たちは日本という島で生きている。正しい意味で、島を死なせてはならないのだ。島で戦争をしたら、人に逃げ場はない。島に基地を作ってはいけない。