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 書店でこの本を見かけたら、「冥界からの電話」という題名に引かれて手にとった。著者の佐藤愛子は、サトウハチローさんの異母妹だから、なんとなく親しみがある。以前にこの人の「九十歳。何がめでたい」を読んで、記事にしたことがある。
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/55760539.html
 その人が95歳になって、しかも冥界からの電話を「これは本当にあった話です」と書いているのだから気になった。買ってきて半日ほどで読んでしまった。
 つい先日、「地下鉄(メトロ)に乗って」(浅田次郎)を読んだばかりで、電話線の両端にいる二人が、時間がずれたままで話をするという設定に興味を持ったところだ。ところが読んでみたら、死んでしまった人と電話で会話したという話を聞いた人がいて、それを「先生」が聞き、さらに「筆者」はその先生から聞いたという、複雑な構成になっていた。だからこそ「これは本当の話です」と断言できるのだった。
 「死人に口なし」とは古くから言われていることだが、死人に口を与えて自由に語らせたら、ずいぶんいろいろな真実が明らかになるだろう。それが電話という現代の利器を利用して実現したら、ずいぶん便利に違いない。この本では、死んだ妹が、兄の体に依憑して語るという形をとっていた。
 死者がそれぞれに語り尽くせぬほどの「思い残し」を抱いているだろうことは想像するまでもない。でもそれらは、信頼できて霊能にもすぐれた人を探し当てなければ表現する方法は得られないのだ。それはまさに真剣勝負と言ってもよい。
 死者から信頼されて選ばれた人は幸せなのだろうか。私は必ずしもそうとは思えないのだ。なぜかと言えば、私は愛妻の来訪を夢にさえ感じたことがないからだ。彼女の関心が、死ぬ瞬間まで私に向いていたことは疑いない。それでも今は安んじて安住の地にいると信じている。便りがないのは無事の知らせなのだ。
 「人は死なない、宇宙の中で循環する」と悟ったのが私の哲学である。私もいずれは姿を変えてその流れに合流する。生とか死とかは、ある一瞬の生命現象の一部でしかなかったのだ。ただし、便利な電話が通じるのなら、それもいいかと思っている。冥界からの電話で話ができた人がいるのなら、それは祝福してあげよう。