暑い夏が続いていますが、明日から15日まで、長女の一家と帯広へ行ってきます。婿殿の母上に会い、孫息子はレンタカーで北海道の大地を走りたいのだそうです。
 私としては、たぶん飛行機に乗る最後だろうと思っています。
 私が初めて北海道へ行ったときは、まだ学生だったと思います。版画家の河野薫さんに案内されて、竹久夢二の相続者のいる道南の様似まで、冬の時期に行ったのでした。父の「野ばら社」で、「竹久夢二詩歌集」を出版するためでした。河野さんには登別温泉にまで案内していただいて、帰りに連絡船で青森まで着いたとき、河野さんに宛てて「ホクカイノ ユキアタタカク ワカレケリ」という電報を送ったのでした。
 成人してからは、ただ「宗谷岬から樺太を見てみたい」一心で、正月休みに一人で出かけたこともありました。このとき、「冬の北海道の戸外には、液体の水は存在しない」ことを知りました。
 そのあとは、ゼンセン同盟の「返せ!北方領土」の運動にかかわり、若い組合員グループの「トレーニングツアー」に同行して、記録をスライド作品として制作したこともありました。夏の北海道は、本当に快適です。仕事のおかげで、私も長期にわたって、活発に各地を歩き回ることができました。
 今になってようやく、「年相応に、楽にしているのが一番いい」と思えるようになりました。朝夕に見かける亡妻の遺骨も、「それがいいよ」と言っているような気がします。私よりも若い妻が、私より先に逝くとは思いませんでした。
 今回の旅が、遠くまで出かける最終回になるのかどうか、あまり固く考えないで、まずは楽に行ってきましょう。