大型の台風が近づいているようで、雨音がだんだん大きくなってきた。私のビルでも、地下室の物置の奥から浸水が始まった。ふだんあまり使わない場所なのだが、捨てるにはちょっと惜しい古い家具などが押し込んである。その床が濡れてきたので、収納物を全部取り出して状況を調べる騒ぎになった。婿殿まで出動して、水が出てくる隅の割れ目を確認することができた。
 水が浸みてくる間は手をつけられないから、出てきた水を雑巾に吸わせて、バケツで捨てる対症療法になる。本格的な対策は、雨が止んでコンクリートが乾いてから、プロのリフォーム屋さんと相談して決めることになるだろう。
 地上3階、地下1階の「志村ビル」を建ててから、もう34年たっている。長女に言わせると、「地下室は、あまり好きじゃない」のだそうだ。建ててから間もない時期に、排水ポンプの故障で地下水位が上がり、水が地下室の床板すれすれにまで上がってきたことがあった。それに最初に気づいたのが、当時まだ学生だった長女だったから、そのときの衝撃が、トラウマになっているのではないかと、私は思っている。なにしろよく気がついて、人に先んじて心配りする長女なのだ。
 ただし私としては、事務室を地下にしたのは成功だったと思っている。防音が完全に出来て、録音の仕事が安心してできるのが良かった。夏は涼しく、冬は暖かいという長所もある。ドライエリアを作って外光を入れているから、地下にいる圧迫感もない。かなり気に入っているのだが、長女はいつか、「私が建てるときには、地下室は作らないよ」と言っていた。
 彼女の言うことにも一理はある。地下室の維持には、地下水の管理が欠かせない。自動ポンプで排水するとともに、故障に備えて水位の警報装置もつけてある。長期の停電には、バケツで汲み上げて排水するしかあるまい。非常用の、ガソリンエンジンのポンプも用意してある。でもそれらは、考えようによっては、すべて「不自然な」対策なのだ。自然のままで安心なら、それが一番いいに決まっている。
 もちろん、私の時代のあとには、彼女の時代がくる。というよりも、すでに「私の時代」は終っている。私は立派すぎる家を建ててしまったのかもしれない。彼女が早く自分で好きだと思える家を建てられるように、私は協力すべきだろう。その新しい家を、私は生きているうちに見られたらいいと思う。