あとがき
前著「おじいちゃんの書き置き」の最後に、私は
「これは最後の一冊のつもりだったが、そうではなかった
複雑に分解して行くように見える現代の世の中で
人間の『知の統合』をめざす最初の一冊になる」
と予告しました。そうして二冊目として書いたのがこの本です。
この本では世界の未来を考えました。「あなたの孫が幸せであるために」と題したのは、この問題を身近なこととして感じていただきたかったからです。あなたが若い世代なら、まだ生まれていないあなたの孫は、百年先の時代を生きるでしょう。その孫の幸せを考えることができたら、あなたの今の生活は、もっと落ち着いた、希望の持てるものにならないでしょうか。……
以上でブログ上に連載した「あなたの孫が幸せであるために」を終ります。
ここまでお読みくださって、ありがとうございます。
私の思い描いた世界観を、一度は書いておきたいと思ったら、こんなものになりました。
荒唐無稽は承知の上で、こういう世界なら納得できるというものを書いてみました。
お読みになった方が、この中のどんな部分でも、覚えていた下さったら幸せです。
理想を描くことなしには、現在を批判する力は生まれないと思うからです。
この次には、「70代からの情報革命」というのを書いてみたいと思います。2005年の末に、わけがわからぬままにブログを始めて以来の、私の生活やものの考え方の変化を、経験したことを時系列に思い出しながら辿ってみたいと思います。書き溜めた原稿はないので、すべて一回ごとの書き下ろしになります。70代以降の私の人生に、思いもかけぬ刺激と発想の転換を持ち込んだ「情報化社会」の正体は、いったい何であるのか、それは将来の人間社会にどう位置づけられるのか、考えてみたいと思います。
これまでおつきあいいただいたブログ友の皆さんからも、途中で随時コメントをいただきたいと思います。コメントを貰うことで自分の発想がふくらむ実感を、これまでに何度も経験しました。そういう相互作用がブログの大きな特長の一つだと思います。その意味からも、どうぞ応援をよろしくお願いいたします。
前著「おじいちゃんの書き置き」の最後に、私は
「これは最後の一冊のつもりだったが、そうではなかった
複雑に分解して行くように見える現代の世の中で
人間の『知の統合』をめざす最初の一冊になる」
と予告しました。そうして二冊目として書いたのがこの本です。
この本では世界の未来を考えました。「あなたの孫が幸せであるために」と題したのは、この問題を身近なこととして感じていただきたかったからです。あなたが若い世代なら、まだ生まれていないあなたの孫は、百年先の時代を生きるでしょう。その孫の幸せを考えることができたら、あなたの今の生活は、もっと落ち着いた、希望の持てるものにならないでしょうか。……
以上でブログ上に連載した「あなたの孫が幸せであるために」を終ります。
ここまでお読みくださって、ありがとうございます。
私の思い描いた世界観を、一度は書いておきたいと思ったら、こんなものになりました。
荒唐無稽は承知の上で、こういう世界なら納得できるというものを書いてみました。
お読みになった方が、この中のどんな部分でも、覚えていた下さったら幸せです。
理想を描くことなしには、現在を批判する力は生まれないと思うからです。
この次には、「70代からの情報革命」というのを書いてみたいと思います。2005年の末に、わけがわからぬままにブログを始めて以来の、私の生活やものの考え方の変化を、経験したことを時系列に思い出しながら辿ってみたいと思います。書き溜めた原稿はないので、すべて一回ごとの書き下ろしになります。70代以降の私の人生に、思いもかけぬ刺激と発想の転換を持ち込んだ「情報化社会」の正体は、いったい何であるのか、それは将来の人間社会にどう位置づけられるのか、考えてみたいと思います。
これまでおつきあいいただいたブログ友の皆さんからも、途中で随時コメントをいただきたいと思います。コメントを貰うことで自分の発想がふくらむ実感を、これまでに何度も経験しました。そういう相互作用がブログの大きな特長の一つだと思います。その意味からも、どうぞ応援をよろしくお願いいたします。