志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

幼児教育とビデオ教材

小学生の理科DVD「わかるよ!電流・電磁石」を見た

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 どういう風の吹き回しだったか忘れたが、昨日は自社製品のDVDを見てみた。(NiKK)にっく映像は私が創業した会社だが、今は隠居の身で給料も貰っていない。しかし名前だけは役員に入っている。会社は大儲けしている気配もないが、つぶれずに製品も増やしているようだから上出来だと思っている。その中で比較的新しい「電流・電磁石」というのを見た。
 見ているうちに途中で寝てしまって、最初から見直したのが2回。3回目にようやく最後まで見ることができた。実際に買った人はどうなのだろうと思ったが、1900円出して買ったら、途中で眠くなっても一度は最後まで見てみないと損だと考えることだろう。
 このDVDは「小学生の理科」として作られている。電流のところでは、電池と電球を図形化して直列・並列のつなぎ方などを丁寧に説明していた。あとで制作の責任者(つまり私の長女)に、「今の小学校では、こんなことを知らないと点が取れないのかい」と聞いたら、そうだという答えだった。このDVDシリーズのキャッチコピーは「勉強が好きになる」と表示してある。長女が大学受験の途中から、数学の面白さに目覚めたと言って理系に進路変更したことを思い出した。
 私が小学校(正しくは「国民学校」)を卒業したのは昭和21年(1946年)3月であり、終戦時に6年生だった。空襲つづきの中だから、まともな授業など受けていない。6年最後の通信簿に、やったことのない理科、図工、音楽などの教科にも、適当に「優、良上」などの評点がついていたのを見て驚いた。
 それでも私は電気には自信を持っていて、家族の中でも頼りにされていた。電気コンロ、ラジオ、呼び鈴など、電気製品の不具合は、大半は分解して正しく組み直せば正常になるものだという経験を、何度か感電ショックも体験しながら身につけていた。その感覚は、大人になった今でもずっと続いている。その私でも、電球を直列につなぐとどうなるかなどは考えたこともない。だいたい家庭の電気でそんな配線はあり得ないのではないか。つまりは、これは「実学」と「学問」との違いということだと気がついた。
 小学校の理科の試験で点が取れることと、電気製品の故障を器用に直せることとは、たぶん別なことなのだ。しかし電気メーカーの開発室にでも配属されたら、両者はめでたく合体することだろう。ウチの会社のDVDが、そんな幸せな子供の手に渡ってくれたら幸いである。

NiKK(にっく)映像(株)のこと

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(熊さん)珍しいですね、ご隠居の会社の宣伝ですか。
(ご隠居)まあそうだな。私のブログは自分の会社の仕事とは切り離して、自由に書くという姿勢でずっとやってきたんだが、こういう世の中だ。使えるものは使って全力でやらないと、企業としての存続にもかかわる厳しさになってきたということだね。かなり前から現役世代に任せてきたんだけど、ブログで「にっく」の製品について言及することも、解禁することに正式に話し合いで決めたんだ。
(熊)以前から九九の覚え方とか、幼児は「ひらがな」よりも漢字を先に覚えるとか、「幼児教育とビデオ教材」というカテゴリーで、けっこう書いてるじゃないですか。
(隠)それは一般論のようにして、蔭ながら会社を応援するつもりで書いてたわけさ。これからはオモテから商品の売り込みをしてもいい、って言うか、現代に即した売り方の開発まで含めて、ブログでも提案してみようというわけだよ。
(熊)「にっくのビデオ」は、最初は書店で売り出したんですよね。
(隠)そうなんだ、ビデオを武器にして、出版界に復帰しようとした意図があったんだよ。書籍問屋さんもビデオに注目していたから、一時は書店でVHSのビデオがかなりよく売れた時代があった。生協の通販なんかでも、よく売れたんだよ。ビデオで勉強するというのが新鮮だったんだね。だが長くは続かなかった。ビデオがDVDに変るころから、書店では回転率が悪くなり、ビデオショップでも教育ものは売れないので歓迎されなくなった。
(熊)紙の本がビデオに置き換わるという、簡単な話ではなかったんですね。
(隠)全般に町の書店が苦しくなって行ったのと、並行していたんだね。もちろんその底にはインターネットが普及した影響がある。そして無料で手に入るものがあると、人は似たものを有料では買わなくなるんだ。
(熊)そこで早い話が、「にっく」のビデオをどうやって売るか。
(隠)いま全部で44点のDVDが揃っているんだ。一つ一つが、興味を持つタイミングにさえ合えば、すごい効果をあげることがわかっている。知っている人が少ないのは残念という気持ちはあるね。子育て中の若い人たちに余裕が少ないとしたら、祖父母世代からプレゼントしてくれるといいかもしれないね。同期生が子育て中の時期には、大学の同窓会に行くと、よく頼まれて重宝されていたものだよ。今なら孫育て用に使えるだろうね。
(熊)そうか、一種の世代間支援だね。
(隠)内容がどんなものか、サンプルビデオ(DVD)は無料で請求できるし、にっく映像(株)のインターネットでも見られるから、試してもらえると嬉しいね。

わかる勉強はゲームよりも面白い

 私が創業して現存している会社に「にっく映像株式会社」(Nikk映像蝓 があります。そこで「にっく映像のブログ」というのを始めたので、最初の「ごあいさつ」として表題のテーマで寄稿してみました。勉強は基本的につらいもので、我慢してやるものだというのが一般の常識でしょうが、ある場面では何よりも面白くて、子供は熱中してやるものだという場面を、私は少なくとも2回経験しました。
 最初は長女が幼稚園時代に文字を覚えたときでした。自分の名前を書くことから始まったのですが、やがて「ひらがな練習帳」のようなものを与えると、それがいちばん好きになって「もうおしまいになっちゃったから、次のがほしい」という調子で、どんどん先へ進んで行きます。親がびっくりして褒めると、それが嬉しくて楽しみながら字を覚えるという好循環が、たしかに成り立っていました。
 時代は昭和40年(1965年)ごろでしたから、子供のためのゲームなどは、まだありません。歌の絵本や、いろいろなお話の絵本もあって、もちろんそれらも好きでしたが、文字がわかると自分で本を読めるようになるということが、本人にとっては偉大な「気づき」だったのだと思います。
 2回目の主役は孫でした。にっく映像の初期に「一年生の漢字」のタイトルで一年生が習う80字を3分割し、順次制作して20分×3巻のセットとしました。その当時、最初の孫が一歳半を過ぎたところでした。自社で作ったビデオは居間のデッキとテレビで再生して確かめたりすることも多かったのですが、孫が食いついて何度も見たがったのは、その前に作った「ひらがな」よりも「漢字」の方でした。
 最初に小人国のガリバーが、大きく手足を広げて立ちます。その形がそのまま「大」の字になるとともに「だい」というアナウンスが入り、しばらく時間をおいて「おおきい」と声がつづきます。飾りや遊びの部分はほとんど作らず、字の形とその読み方と、その字の意味のわかるようなイラストだけが印象に残るように構成しました。テレビ番組ではないのですから、視聴者に媚びる必要はないと考えました。
 このビデオは、孫の何よりのお気に入りになり、孫の祖母つまり私の妻は、ビデオが終るたびに「もっかい」と回らぬ舌で呼びに来る孫へのサーピスに追われたということです。その状態は、一過性ではありませんでした。「漢字」のビデオが3巻目までそろい、孫が2歳に近づいたころ、その父親が町を連れ歩いてきて私に報告してきたのは「こいつ、店の看板が全部読めるんですよ」という事実でした。試しに一年生の漢字の音訓表を部屋に貼ってみると、80字の音訓の読みは完璧になっていました。
 しかしこれは単なる自慢話の一つに過ぎません。同じビデオを2人目、3人目の孫に見せても、同じようにはなりませんでした。「万能薬」になる教材を開発したという話ではないのです。ただ、何かを人に教えるときは、一つの信念が必要だと私は思います。それは「わかる勉強は面白い。勉強が面白くないとしたら、それは教え方が下手か、タイミングが合っていないかのどちらかだ」ということです。

1歳半〜3歳児の幼児教育研究について協力グループを募集します

 該当年齢の複数の子供さん(できれば10名以上)を共同保育していて、週に2〜3回2時間程度、自由な時間にDVDをつけておいて、子供たちがどのように関心を示すかの調査(1ヶ月程度)に協力して下さるところを探しています。「一年生の漢字」「ひらがな」などの教育ビデオを見せる予定です。
 私が教育ビデオを開発した初期に、当時1歳半だった孫は、漢字のビデオが何よりも気に入って、2歳までの間に1年生の漢字80字全部の形と音訓の読みを覚えてしまいました。この年齢での記憶力がすぐれていることは研究されていますが、学習的な記憶はその一部分に過ぎません。また全部の子供がビデオに興味を示すわけでもなく、一定の「相い性」があるようです。
 ただ、遊びと学びが分離していない時期に覚えてしまった漢字の知識により、その子が学齢になってから「得をした」ことは事実です。だからといって以後ずっと学業優秀だったわけでもありませんが、少なくとも幼時に教育ビデオを好きで見ていたことが、成長に資することはあっても、マイナス要因にはならなかったと思っています。
 ですからこれは決して早期教育の押し付けではなく、自然状態での子供の興味の持ち方を調べてみたいのです。幼児の発達についてはさまざまな研究があり、発達を助けるとされる教材も開発・販売されています。私も「おぼえちゃおう!九九」のビデオを発売して以来、この業界では先駆だったと思いますが、自分のやってきた仕事を総括して、資料として後に残すことを考える年齢になりました。
 保育グループは、どのような形式であろうと結構です。私はポータブルのDVDプレーヤーを持参して、子供と遊んだり保育のお手伝いもしながら子供たちの様子を観察します。使ったDVD(にっく映像蠅寮宿)を贈呈する程度のことはあるかもしれませんが、特段の研究協力費など提供の予定はありません。地域は、JR中野駅から1時間で行ける範囲だと好都合です。
 ご協力いただける可能性がありましたら、このブログの「プロフィール」に表示しているメールにご連絡ください。あるいはコメント欄を使っていただいても結構です。

勉強はゲームよりも面白い

 子供にとってゲームは勉強よりも面白いのは常識でしょうが、そんな常識を持つ前の1歳半の孫は、漢字のビデオが最高の気に入りになりました。次から次へ新しい字が出てきて飽きることがなく、覚えた字を新聞や町の看板などに見つけて読むと、大人が驚いて褒めてくれるのですから、とても気分がよかったに違いありません。当時の孫にとって、いちばん面白いことが漢字を覚えることだったのは疑う余地がないと思います。そんな孫に「お勉強が好きで偉いね」と言っても、何のことか理解できなかったことでしょう。
 知識を増やし課題を解いて次の段階へ行くのは楽しいものです。それを人工的に設定したものがゲームと考えると、勉強とゲームの境界は、あいまいになります。「教育ゲーム」と言われるものが成り立つゆえんでしょう。ただし戦争やスポーツゲームの魅力には他の要素もありそうですから、ここではそれらは別とします。
 人は自己の領域を自力で広げられたと思えるときに幸せを感じます。これはゲームでも勉強でも同じことです。すると、ゲームと勉強と、どちらが奥深くて自分の利益にもつながるかというと、文句なしに勉強の方が上位にきます。ゲームの長所は、ちょうどよい加減の難度を設けて、解いた達成感を刺激するよう計算して作ってある点だけです。
 私もゲームは嫌いではありません。ルーピツク・キューブ(9面)が流行したときには、3ヶ月ほどかけて自力で完成法を編み出しました。偶然の進展から新しい法則を発見するといった作業の積み重ねで到達しました。ファミコンでは、これまた膨大な時間をかけて「バベルの塔」の表と裏の全過程をリクアすることができました。証拠として全部をビデオテープに収録して保存してあります。しかしある時期から興味が薄くなり、インターネットでブログを始めてからは、ゲームは無意味な時間つぶしと思うようになりました。
 結論として得られるのは、「人は生まれながらにして勉強を好む性質があり、勉強が嫌いになるのは、教え方が下手か、学ぶ喜びを妨げる障害がある場合に限られる」という楽天的な命題になります。一時はこれを「社是」として教育産業に乗り出す意気込みだったのですが、世の中それほど甘くはありません。教材制作というのは利益を出しにくい仕事です。よいものが出来ても、同じ人は二度と同じものを買ってくれません。産業の規模としては、名前の割りに小さいものなのです。
 しかし「人は生まれながらにして勉強を好む性質がある」というのは、まぎれもない事実だと思います。そうでなければ文化・文明の発達が説明できません。それで人類がどこへ行くのかは知りませんが、より高い、広い世界へ出て行きたがる性質を内蔵しているのは確かなことです。


幼児は記憶の天才

 幼児の記憶力が大人の常識を超えているのは事実のようです。以前に見たNHKスペシャルでは、新生児が母親の顔を識別する能力をとりあげていました。それは生後4ヶ月から発現するということでした。また、脳細胞で記憶にに関わるシナプスの結合は、生後8ヶ月で生涯の最高レベルに達するとの研究もあります。人間として生存し成長するために、猛烈な速度で記憶を貯めているのでしょう。その基礎的な記憶の中に、学習的な記憶が混入すると、天才的な現象になるのではないでしょうか。
 長女が育つ中でも、それに似たことがありました。満1歳で歩き始める前後のことです。童謡絵本という10冊ほどの大好きなシリーズがあって、妻がそれを使って歌を聞かせていたところ、妻が本を持たずに歌を歌うと、その歌が載っている絵本を拾ってくるようになったのです。私も言われて現場を見たのですが、歌が始まるとすぐに、迷わず該当する本を持ってきました。デザインの差の少ない裏表紙にして、大人にはわからない状態にしても、全く影響されない確信的な正確さでした。
 神かがり的な特殊能力とも思えた記憶力も、今にして思えば母親の歌声と結びついた「生きるために必要な記憶」の一部分だったのかもしれません。この子は長じて幼稚園に通うようになったとき、どの先生からも親身に可愛がってもらったのですが、今の本人は、幼稚園時代のことは何一つ覚えていないと言っています。1歳のときの記憶力が、いわゆる学習的な能力の発揮とは性質の違うものであったことは確かだと思います。
 それでは1歳半の孫が漢字を覚えたのは何だったのでしょうか。本人に学習の意識がなかったのは確実です。ただ面白いと思ったビデオを繰り返して見るうちに、字の形と、それに伴う読み方を覚えてしまった。そこまでなら、オウムが言葉をまねるのと大差なかったかもしれません。しかしビデオを離れて、町の看板の中に知っている字があるのに気がついて口にすると、大人が驚いて褒めてくれた。それでますますビデオを見るのが楽しくなった、ということはありそうです。
 さらに間もなく大人が漢字の一覧表を壁に貼ったりしましたから、覚えたことを忘れるヒマがなくなりました。期せずして学習の初歩を身につける得をしたわけです。それでも私たちは、1年生の漢字80字を覚えてしまった孫に、たとえば2年生の漢字を教えようとはしませんでした。2年生の漢字をビデオにすることも考えませんでした。2年生以上は、本と書き取りで覚えた方が効率的と思ったからです。ファンからの要望により「2年生の漢字」をビデオにしたのは、ごく近年のことになりました。

漢字はひらがなよりも覚えやすい

 NiKK(にっく映像)のビデオを作りはじめたころ、最大の恩恵を受けたのは、当時1歳半だった最初の孫かもしれません。「おぼえちゃおう!」シリーズで「九九」「ひらがな」に続いて出したのが「一年生の漢字」でした。一年生の漢字は80字ありますが、これを27字と26字の3巻に分け、それぞれ20分程度のビデオにしたのです。漢字をビデオにすれば子供に合うだろうという予感がありました。
 「一年生の漢字(1)」の最初は「大」の字でした。小人の国のガリバーが足を開いて立ち、両手を横に広げると「大」の字に変って行き、それに合わせて「だい」とアナウンスが入り、「おおきい」とつづけます。アナウンスは必要最少限にとどめました。雰囲気づくりのお芝居などは、繰り返して見る場合は邪魔になるだろうと思ったのです。しかし文字の処理の仕方などは、知恵をしぼってアイディアを出し合い、楽しみながら作りました。
 こうして出来たばかりの漢字のビデオを見て、いちばん喜んだのが1歳半の孫でした。見終わると、まだ回らぬ口で「もっかい」と催促するのです。連続して何回でも同じものを見て飽きることがありませんでした。2巻目でも3巻目でも同様でした。そして結果としてある日、80字の漢字のどれでも読めて、音読みも訓読みもできるようになっているのに気がついた大人が驚いたのは、満2歳になる前でした。
 「ひらがな」のビデオも、やや遅れて見るようになり、幼稚園に行くまでには覚え切ったのですが、漢字のビデオほどに熱心ではありませんでした。居間で孫と並んでビデオを見ながら感じたのですが、曲線の組み合わせばかりの「ひらがな」は面白くありません。漢字よりも覚えにくいのは、むしろ当然だという気がしました。
 こうして育った最初の孫ですが、もちろん神童でも何でもないただの人になりました。ただし小学校の低学年では読み書きに不自由することなく、先生にいつも褒められる生徒だったようです。彼のビデオ好きは、機器の操作への適応力として身につき、映像・音声関連の仕事への傾斜となって今に至っています。
 しかし、孫のすべてがビデオ好きにはなりませんでした。あとの二人は相性がないらしく、ビデオをかけておいても、いつの間にかいなくなってしまったそうです。遊びとしてのビデオは、意識的な勉強とは違う次元で魅力的だったのでしょう。最初の孫の場合は、幸運な出会いでした。ですからわが家の場合は3分の1の成功例ということになります。
(追記・「一年生の漢字」は、その後80字を一巻にまとめた「かんじ・入門編」として販売されています。)

九九は36個だけ覚えればよい(2)

 商売で難しいのは、作り方よりも売り方です。幸いにして実家の縁で書籍取次ぎに人脈があり、母親の信用力が生きていました。取次ぎを通して全国の書店に製品を置いて貰えることになったのは非常な幸運でした。書籍業界も、紙の本ばかりでないビデオ時代への対応を模索している時期だったのです。
 そこへ出してみた2点のビデオのうち、「おぼえちゃおう!九九」には、かなりの反応がありました。大阪の有力書店から短期間に数十本の注文が来て、その地域で話題になったらしい例などもありました。しかし「おりがみ」のビデオは売れませんでした。本よりもわかりやすいと思ったのですが、1800円という値づけも高かったのでしょう。続けて「あやとり」などもビデオにしたかったのですが、こちらの路線は早めにあきらめることにしました。
 さて本題の九九の覚え方ですが、作ったビデオは伝統的な「順番に全部おぼえる」方式です。発売前に甥の家庭で幼児にテスト版を見て貰ったのですが、「音に合わせてお団子が増えるところを喜んでいる」との報告でした。飽きずに見てくれさえすれば、自然に覚えてしまうでしょう。キャッチフレーズは「九九はひたすら覚えるもの」でした。
 しかしその後、子供によってビデオとの相性がよい子と、そうでない子がいるのがわかってきました。そしてまた、ビデオが有効な一定の時期があって、それは意外なほど低年齢らしいのを実感するようになりました。要するに「勉強をする」意識のない、すべてが遊びである時期に食いつく子供がいると、驚くほどの効果を発揮するのです。九九のビデオも、今の観点で作り直してみたい気がしています。
 ところで「36個だけ覚えればいい九九」は、以下の通りです。
2×2=4 2×3=6 2×4=8 2×5=10 2×6=12 2×7=14 2×8=16 2×9=18
3×3=9 3×4=12 3×5=15 3×6=18 3×7=21 3×8=24 3×9=27
4×4=16 4×5=20 4×6=24 4×7=28 4×8=32 4×9=36
5×5=25 5×6=30 5×7=35 5×8=40 5×9=45
6×6=36 6×7=42 6×8=48 6×9=54
7×7=49 7×8=56 7×9=63
8×8=64 8×9=72
9×9=81
これを唱えると、5の段あたりから、ぐっと楽になるのを実感するでしょう。九九の丸暗記が苦手な子には、これでもいいことにしてあげたら「落ちこぼれ」の意識に悩まなくて済むことでしょう。電卓が使える時代だし、大人になっても何も困らないことは確実です。

九九は36個だけ覚えればよい(1)

 「幼児教育とビデオ教材」というカテゴリーを立てることにしました。私がやってきた仕事の中で、幼児教育ビデオの制作に関連する部分を、継続的に書いてみようと思います。日教研という名で映像・音声を中心とする制作の仕事を続けてきた中で、人のための受注制作だけでなく、自前の製品を持って販売する安定した部門を作りたいという発想からでした。それと、出版屋の息子として、いつか出版界に復帰したいという気持もありました。1980年代のことです。
 最初に思いついたのは、九九を覚えるのにビデオが役立つだろうということでした。これは私の原体験に根ざしています。私は小学校(国民学校)2年で九九を覚えるとき、全くの苦手で苦労しました。1×1=1(いんいちがいち)から始まって9×9=81(くくはちじゅういち)に終る81もの呪文(としか思えませんでした)を、ただ暗記するというのが、非常な苦役だったのです。成績は悪い方ではなかったのに、九九の暗誦テストでは失敗ばかりで、最後まで言えて合格したのは、組の中で最後でした。先生がほっとしたように「これで九九の勉強は終りにします」と言ったのを覚えています。
 じつは心配した父親が、最後になって九九を全部数式にして紙に書いて教えてくれたのが役に立ちました。各段が一定のルールで数が増えることを視覚化してくれたわけです。それと、自分も代用教員として小学生を教えた経験があるので、明治の初期には九九は36個だけ覚えればよかったという話をしてくれました。つまり3×9=27を知っていれば、9×3=27は知らなくても計算はできるのです。これは目からうろこ的な情報で、九九を覚える負担がずっと小さくなったように感じました。この事実は、後に製品化の録音作業のとき、強烈に確認することになりました。
 ビデオの作り方としては、数を数字やダンゴの数で目で見ながら九九を唱える声を聞き、視・聴覚の協働で記憶を助けるのを基本としました。それと、音楽的なリズム感に乗せて、歌の歌詞のように覚えるのもいいのではないかと思いました。そこで録音には合唱団を起用することにしました。九九だから台本も楽譜も必要あるまいと、数式の一覧表だけを渡して録音に入ったのですが、思いがけないことになりました。段が上の方になると、九九を間違える人が続出したのです。それも必ず段の始めの方で起りました。つまり3×9=27は迷わずに言えても、9×3=27は、ふだん使わないから忘れているのです。
 そんなこんなで苦労しながらも「おぼえちゃおう!九九」と「おりがみ(1)」という2本のVHSビデオを作り、NiKK(にっく)映像という新会社を設立したのは、平成元年(1987)1月10日のことでした。

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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
→著作などの紹介と販売について
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