ツイッターについて真面目に考えてみる。当然のごとく脈絡はない。いつものとおりだ。
ツイッター。140文字つぶやけるとのこと。何のために? よくわからない。が、つぶやけるのだそうな。
つぶやけるのなら、それをどう活かせるか考えてみる。何に使おうか? コミュニケーション。宣伝。マスかき。垂れ流し。そんなくらいか。
ツイッターに対して悪口を言うのはたやすい。むしろ、悪口を言わせるためにつくったのではなかろうかと勘ぐるほどに穴だらけの存在だ。が、どうにかできないか。
俳句を発表する。川柳あるいは短歌でもよい。狂歌でも都都逸でも。または超掌編小説。更には現在進行形実況リポート。うん。それらの完成形を提示して反応を見る。もしくは上の句や入りだけを提示して続きを募集する。うん。不特定多数に向けた連作の要請。他者を必要とする創造。どうだ? 誰でも参加できる創作。
あるいは、書き留める必要さえ感じない脳みその無駄遣いによるほとばしりを投稿し、それに対する他者からの反応にヒントを得る。「おお、こいつは使える」なんてこともあるのではないか。もしかしたらクズからダイアが生まれるかも!
なんてことを考えたので、ツイッターをやってみようかしら、なんて思う。
もし誰もフォローしてくれなかったら? 自分の立ち位置が容赦なく明確になるので、それはそれで得るものがあると思う。失うものの一割ぐらいは。そして自棄酒を飲むという名目で酒が飲めてかわいそうな自分に耽溺でき、世を憎み人を恨みそんな卑小な自分に自己嫌悪の極北を見定め、卑しさに天を突かんばかりの醜悪な愚息と戯れたりできるかも、というかそうして捩れきった快楽に身を任せて愉しんでそれからいやになれるはず。
うーん、やってみようかな。ツイッター。常につぶやいてるけど。