富士山の見える城

第1HP「天草の海風」を全面リニューアルしました。

 韓国ドラマ『広開土太王』の77話、78話を見た。
 このドラマは韓国の三国時代、高句麗の広開土王(中国では好太王と呼ばれる)を描いた作品である。
 正直私はこのドラマの題名から違和感があった。
 私の知る限り、広開土王は歴史上、「広開土太王」と呼ばれたことはない。韓国史上「大王(または太王)」と呼ばれたのは、訓民正音を制定した世宗大王だけのはずである。
 ところが最近20年くらいだろうか、韓国では、碑文以外にほとんど治績が不明で、38歳で早逝した広開土王が「大王広開土」とか「広開土太王」とか「大王」に祭り上げられているようだ。もし高句麗の他の王の碑文が現存していたら、やはり広開土王碑と同じようにいかに偉大な王様だったかというお追従がつらつらと並ぶはずだから、これは碑文が理由というより、「広開土」という諡が基になって想像が広がった結果だろう。
 日本でいえば「仁徳天皇」が「仁」と「徳」という諡から想像が広がって、ほとんど治績が分かっていないのに「名君である」と言われるのと同じである。
 だが、実際にドラマを見始めると、面白い。
 ドラマの広開土王は、リーダーとはかくあるべし、というような実にカッコいい人物である。部下思いで、民衆のことをいつも考えている。自分が楽しむのは一番最後だが、戦でツッコんでいくのは最初である。武芸にも秀でている。
 兄を殺して王位を簒奪したり、邪魔になった王妃を消したりしているのは、どれだけ正当化・美化されても確実に見ている方にえげつなさが伝わってくるが、それでも、「まあ、やむを得なかったんだろうな…」と許せるくらい、この王様はカッコいい。
 敵役の後燕(これもおかしくないか。「後燕」というのは後の学者がそう呼んだ名称であって、自分たちは「燕」と名乗っていたはずである。日本の時代劇で「里」さんが「お里でございます」というくらいおかしい。)の皇帝も、悪役ながらなかなか懐の広い人物である。韓国ドラマは敵役を名優がやっているから面白いのだ。
 ところが、77話、78話で「倭」が出てきてがっかりした。突っ込みどころは満載だが、以前「細かいところを気にしすぎ」という指摘を受けたことがあるので、「これだけは許容できない」という部分だけ取り上げる。
 広開土王は「倭」が百済と組んで高句麗を攻撃してきたので、「もうこんなことをしないように『倭』の本拠地を叩く」と言って、日本本土の遠征に乗り出す。
 私は若いころ韓国人が「私たちは一度も日本を侵略したことがないのに日本は我が国を何度も侵略した」と言ったり書いたりしたのをよく見たが、ここではそれは持ち出さない。対馬や壱岐から「倭」が大陸に攻めていき、逆に大陸から攻め込んできたこともあったと思うからだ。地理的な距離を考えればそれはありうる。当時はまだ日本は小国分立の時代で、大陸の人間はそれらの小国を総称して「倭」と呼んでいたからだ。
 登場人物が「『倭』の本拠地までは3日もあれば行ける」と言っていたので、「北部九州か中国地方の日本海側のどこかの小国の本拠に行くのだな」と一人で合点していた。
 ところが、広開土王がやってきた「倭」の本拠地は、富士山の見える場所に立った和式の平城である。
 富士山の見える和式の平城といえば、千葉県にある関宿城しかない。
 関宿城が創建当時どんな形をしていたかはよくわからないが、少なくとも室町時代の創建だから、広開土王より1000年以上後である。
 広開土王の当時の日本の城については詳しい文献を見たことがないが、その後に築城された鞠智城などの形式から考えれば、大陸式の山城だったことはほぼ間違いない。現在のような形の和式の平城が現れるには安土時代まで待つ必要がある。そうなるともっと後、広開土王から1200年以上後ということになる。
 広開土王は完全に時間を超えた。
 さらに、広開土王は今の仁川あたりから船出して「倭」の本拠地まで3日で到着している。
 仁川から関宿城まで、直線距離でも1196.2kmある。
 上の図では「河童大王」がモーターボートで殴り込みをしているが、モーターボートでも3日では行けまい。
 ましてや、当時は帆船で、千葉まで行くには航海技術から考えて対馬-北九州-瀬戸内海-一部陸路-愛知-静岡-神奈川-東京ルートを通るしかない。しかも、その先々には政治的統一のとれていない分立した小国がゴマンとあるのである。水や食料を補給しに港に泊まるたびに「倭」と戦わなければならない。いったい何日かかるのか。それを「3日」。「歩騎5万(広開土王碑の記述)」の大軍が、である。
 「歩騎(歩兵と騎兵)」に「水(水軍)」が入っていないことについては何も言わない。関東軍が削り取ったのだろう(この皮肉が分からない人は広開土王碑についてネットで検索して調べてください)。
 広開土王は完全に空間を超えた。
 時空を超える男広開土王。さすがに「大王」と呼ばれるだけのことはある。
 「馬脚を現す」という故事成語を思い浮かべてしまった。
 たった2回出てきた日本ですらこれだから、後燕や靺鞨や契丹に関する記述も、当事者たちが見たら激怒するような、このテの荒唐無稽に満ち溢れているのだろう。
 このドラマの今までの回での感動を返してくれ、と言いたくなった私であった。