生き造り

  有明海の珍味を食べさせる店に行ってきた。
 珍味であるから、当然それなりの値段がする。私だけだったら行かないだろう。平凡な味のものを安く食べる方が私の好みに合っているからだ。
 今回は遠来のお客に少しでもエキゾチシズムを味わっていただこうという配慮から設けた食卓である。

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 まず、ムツゴロウとワラスボの生き造り。平造りは鰆である。
 愛嬌のあるムツゴロウとちょっとグ〇なワラスボがまだ生きていてパクパク口を開け閉めしている。
 ときどき「びよーん!」と首を振る。
 私の隣の席で自分の皿に箸をつけようとしたA先生(女性)が、ムツゴロウが「びよん!」と身体をねじらせた瞬間、
「ギャッ!」と叫んで私を突き飛ばし、私の後ろに逃げた。
 だが、ムッちゃんもワラさんもハゼ科だから、要はこれはハゼの薄造りなのである。新鮮だから美味い。

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 ムツゴロウの甘露煮である。食べてみると「甘露」ではないが、御飯のおかずにぴったりという感じである。

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 筑後川特産のエツの南蛮漬けとメカジャの煮つけである。
 エツはカタクチイワシ科の魚だが、味はコノシロとママカリの中間のような感じである。
 メカジャはミドリシャミセンガイのことで、貝の殻からピローンと足が生えたような形をしているが、貝よりもっと原始的な生物である。場所によっては天然記念物に指定されている。今回私はこれを初めて食べた。アサリとシジミを混ぜたような味で、なかなか美味しい。

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 クラゲの酢の物と飯蛸の煮つけである。どちらも食べなれた味なので美味しい。

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 ウミタケの粕漬け・奈良漬とワケの味噌和えである。
 ウミタケは長い水管を持った貝で、水管を割ると中から美味しい身が現れる。ミル貝のもっとでかい奴だと思ってもらえばいい。
 ワケはワケノシンノスともいい、イソギンチャクのことである。シャクシャクした歯ごたえで、あっさりしていて美味い。

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 これでまず第一弾である。これだけでもすごい御馳走だ。

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 ところがまだ出て来る。
 シャクの天ぷらである。シャクは標準和名アナジャコで、関東での寿司ダネのシャコとは別種である。干潟の孔に隠れているところを筆を入れて釣る、独特の「シャク釣り」によって捕獲する。頭ごと食べられて美味い。
 関東でいうところのシャコは筑後地方ではアラジャクといい、これは主に塩ゆでして食べられている。

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 ウミタケの一夜干しを焼いたものである。スルメとエイヒレを混ぜたような味で美味い。

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 ガザミである。これはあくまでもガザミ(標準和名)であって、ワタリガニは方言である。私がここまで拘る理由は「田舎侮るべからず」を参照してほしい。
 ガザミは雄と雌がすぐ見分けられる。
 たいていの人は雌が卵をもっているからそちらが好きである。
 私は自分の前に置かれたガザミが雌であることにすぐ気づいた。ほかの人のは1人を除いて雄である。私は遠来のお客とガザミを替えてあげようかと一瞬思ったが、卵の美味しさを想像し、やめた。せこい話である。
 この後クッゾコの煮つけも出てきたが、写真を撮るのを忘れてしまった。
 クッゾコはウシノシタのことである。私は有明の特産の中でこのクッゾコの煮つけが一番好きだ。
 クッゾコという名前は「靴底」から来ているのだとずっと思っていた。というのは英語でこの種の魚をsole fishというからだ。だが、地元の人に聞くと、「口が底にあるから」ということだ。なんでも「クッゾコ」という名前は、日本に靴が輸入される前からのものだという。
 この時点で私はまた「腹パンパン」になってしまっていた。大嫌いな奈良漬以外はすべて食べたからだ。これで3500円は本当に安い。
 だがここでさらに御飯と味噌汁が出てきた。
 そのとき、私はほかの人たちが何かしらのおかずに手を付けずにいることに気付いた。御飯が出ることを見越していたのだろう。バカな私はそんなことも考えず、出たものを片っ端から喰ってしまっていたのだ。
 最後の最後、私は白飯を味噌汁だけで食べる羽目になってしまった。
 アホである。