心太
 
 この間TVを見ていてある人の名前が字幕で出ていた。
「『ベニイチロウ』って、男としては変わった名前だね。 」
 妻が私の顔をまじまじと見ながら、
「『コウイチロウ』じゃない?」
と言った。
 確かによく考えてみたら「紅一郎」だから、 よほど変わった親でない限り「コウイチロウ」と読ませるに違いない。
 昔「紅蜥蜴」というロックバンドがあって、それが頭に残っていたのが原因だろう。
 もうずいぶん前だが、小説の内容以外にもいろいろと話題のあった柳美里という作家を知っているか聞かれて、
「ああ、『カヤシのために』っていう小説を書いてるよね。」と言ったらゲラゲラ笑われた。
 小説は「伽耶子のために」で、もちろん「カヤコのために」と読む。
 昔の韓国女性には「〇〇子」という名前が多くて、「〇〇ジャ」と音読みしていたから、これも音読みした上にさらに日本語読みして「〇〇シ」だと思ったのだ。
 ちなみにこの作家の名前は「ヤナギミサト」ではなく「リュウミリ」である。
 人名は難しい。
 日本では子供の名前を役所に届けるときにある一定の漢字でないと使えないようになっていて、これは人名漢字と言われているが、どういう読み方をするかについては規定がない。
 だから、「春夏冬」とつけて、「あきな」と読ませるような名前を付けても受理されるわけだ。
 なぜ「春夏冬」で「あきな」なのかは漢字をよく見てもらえばわかるだろう。これはよく飲み屋の壁などに「春夏冬二升五合」と書いて貼ってあるいわゆる「判じ物」の一種である。
 最近は自分の子供の名前を印象付けて覚えてもらうためにわざと一般的な読み方でない名前を付ける親も多いという。 これらの名前は「キラキラネーム」と呼ばれているそうだ。
 「今鹿」と書いて「なうしか」と読ませたり、「七音」と書いて「どれみ」と読ませたりする子供が実在しているらしい。 
 もともと言語には「恣意性」というのがあって、各民族がある事物にどんな名前をつけるかということには必然性がなく、要するに勝手につけているのだという。
 たとえば、ペットにするワンワン吠える動物は、日本では「犬」と呼ばれるが、米国では「dog」と呼ばれるし、韓国では「개(ケ)」という。これらの名称の間には何の共通点もなく、それぞれの民族が同一の動物を好き勝手な名前で呼んでいるのが分かる。
 人名は恣意性の最たるものであって、自分の子供にどんな名前を付けるかは親の勝手なのだ。
 ただ、いくら勝手だといっても、あまり常識から外れた名前を付けてしまうとその子が将来苦しむことになりかねない。
 たとえば「殺人(さつと)」君や「軽女(かるめ)」ちゃんなどは学校でからかわれること必至である。
 読み間違いをされやすい名前も避けるべきだ。「便太郎」君や「万子」ちゃんの将来が思いやられる。ちなみにこの二人は「びんたろう」と「よろずこ」で、皆さんの思っているような読み方はしない。 
 元気な女の子になるように、と思って「精子」などとつけてしまうのもこの類である。
 「当て字」や「判じ物」として使われる漢字だったりしないかにも気を遣わなければならない。 
 思いやりや胆力のある子にという願いで「心太」と付けたのに、みんなからは「親がよっぽど好きな食べ物なんだろうな」と思われてしまう、などということが起こる。
 若い親に任せておくとヘンな名前をつけたがるからか、昔は「名付け親」という風習があった。これは世界中にあった風習で、有名な映画の題名「ゴッドファーザー」はこの意味である。
 私は今いろいろな人にファーストネームで呼ばれることが多いが、そうされても少しも嫌な気にならない。これはいい名前を付けてくれた祖父と両親のおかげである。
 それでも子供のころは「おしんこしんこぺったんこ」といって女の子からかわれていたが。