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蟹の値段に目玉が飛び出す

 「卵は物価の優等生」と言われる。
 これは昭和20年代からほとんど値段が変わっていないからだ。 だいたい1kg200円で前後している。
 これに対して、昔は安いものの代名詞だったのに、今は高級品というものもある。
 たとえば「ガラカブ(標準和名カサゴ。北部九州ではアラカブ)」。
 私が子供の頃は「肥料魚」と呼ばれ、獲れても畑に漉きこんでいたという。売値が安すぎて、市場に出すより肥料にした方がましだったのだ。
 私が30歳くらい(つまり20年前くらい)までは海辺の堤防の際を釣り歩くといくらでも釣れたから、高い魚であるという印象は全くなかった。
 ところが、今は刺身になるような大きさと新鮮さのものだと、1匹1000円近くする。
 第一、最近ガラカブを釣ろうと思って堤防に行っても、さっぱり釣れない。たまに釣れてもハオコゼ(背鰭に毒があって刺されたら大変である。体長は10cm前後)ではないかと身構えてしまうくらいに小さい。
 サバも鰯もそうだ。
 鯖などは「鯖を読む」などという言葉もあったくらいで、いちいち「何匹」と数えることもできないくらいに獲れるので、「まあこれくらいだろう」と適当な数で数えられていた。人間というものは曖昧なことや適当なことに出会うと、自分に都合のいいように解釈してしまうものなので、「鯖を読む」という言葉は「自分に都合のいい数に変える」という意味になった。
 女性の年齢などは「鯖を読む」といえば実年齢より下に数えるということになってしまった。 
 「蟹」はといえば、昔から高級品だった。
 「蟹を食べに行く」といえば、「ビフテキを食べに行く」が庶民の贅沢だったのに対して、端から庶民には関係のない行為だった。
 ただし、それは九州人にとっては「ズワイガニ」や「タラバガニ」のことで、「ガザミ」は別だった。
 この蟹については「ガザミ」が標準和名で、「ワタリガニ」は俗称であることは既に書いた(「田舎侮るべからず」参照)。 
 ガザミは安かった。相当大きいものでも1000円しなかった。
 夜釣りをしていて釣れるようなサイズのものであれば、1匹300円もしなかった。
 「蟹が釣れる」などというと違和感を感じる人がいるかもしれないが、ガザミは鰭の付いた下の方の足で結構器用に泳ぐのだ。「渡り蟹」という別名はその故である。
 こいつらは鰺のサビキ釣りや太刀魚の電気ウキ釣りなどをしているとよく鈎にかかってきたし、堤防沿いを泳いでいるのが一晩に3回くらいは見えて手網を用意していると掬えたから、まったく有難味などなかった。 
 私は40歳を超えてから尿酸値が高くなった(といっても正常値の上限までは行っていないが)ので、蝦や蟹はそれほど頻繁には食べない。
 特に蟹は殻を剥くのが面倒くさいというのもある。
 妻は「どぜう様」だから2人で蟹を食べるときは私が身を毟って皿に盛ってやらなければならないというのもあって、夫婦だとますます食べない。
 だから今回蟹を食べようと思ったのは本当に久しぶりだった。
 今回(2013年現在)の諫早日帰りで私が昼食に考えていた予算は2人で3000円、つまり、1人前1500円である。 これでも相当高いのだが、夕食の方を切り詰めればいいと思っていた。
 ところが、道の駅などで売っている生簀の蟹が普通に2000円超なのである。
 居酒屋などでは豆腐屋で1丁100円で売っている豆腐が半丁300円したりする。つまり、原価の6倍である。
 この伝でいくと、この蟹が1匹丸ごと使われている料理は12000円する計算になる。 高級料亭並みの値段である。私はこの時点で昼食にカニ料理を食べるのをあきらめかけた。
 何軒かの店に入ろうとして駐車場までは進入するのだが、表に掲げてある看板の値段を見てはすぐに発進すること5回(完全に通報ものである)、ついに「カニ丼900円」の看板を見つけて入る。

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 座敷からは海と長崎線が見える。何回か列車が通ったが、そのたびに撮り損ね、結局写っていない。
 ここも「ちゃんとした」蟹料理は4000円5000円する。
 だが、私の目当てはもちろん蟹丼である。注文。妻は蝦天ウドンをたのむ。

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 美味かった。
 思った以上にガザミが一杯入っていて、これでこの値段は安い。
 柑橘類に続き、蟹も勝利。
 ただ、これはカニ料理というより、「丼物」と言った方がいいかもしれない。「ガザミ風味のカニ玉丼」といったところだろうか。
 ガザミが高くなった理由は唯一つ、「獲れなくなった」からだろう。
 諫早湾干拓のせいかどうかは素人の私には分からないが、少なくとも有明海の魚が環境の変化で減っていることだけは確かだ。
 いつかまた有明海が昔の姿に蘇り、安くて美味いガザミがたくさん食べられることを夢想する私であった。