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ひまわりのような人

 「ひまわりのような人」という比喩がある。
 「国民的男前」福山雅治の曲で私の大好きな歌に「ひまわり」というのがあるが、その中に

  まっすぐに伸びていく♪ ひまわりのような人でした♪

という1節がある。
 「ひまわり」に喩えられる人といえば、「明るくて物事にこだわらず、太陽に向かって歩いていく まっすぐな性格の人」というイメージであろう。
 だが、「にんげんだもの みつを」(植物だが)、 ひまわりもいろいろあるのだろう。
 妻が庭にひまわりを植えたとき、私は「種がいいおやつになるな」と思った。向日葵の種は美味しいのである。南瓜の種とどっこいどっこいだ。 

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 虫食いだらけのブロッコリーの左側に写っている小さな葉が種から育った向日葵の苗である。5月の下旬のことだ。

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 6月中はたいして大きくならなかったが、日差しの強くなる7月に入るとあっというまに妻の身長くらいまで大きくなった。「真っ直ぐにすくすく伸びる青年」という感じである。

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 7月中旬にはもはや隣家の2階に届くくらいの高さにまで成長し、遂に花をつけた。びっくりするほどの成長ぶりである。

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 7月下旬の向日葵たちである。
 家の前を通る路地から見ても格好いい。よほど栄養がよかったのだろう。

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 ところが、あまりに栄養が良すぎたのだろう。
 花はどんどん大きくなり、種ができてぎっしり詰まり、その重みに茎が耐えられなくなってしまった。
 向日葵たちはこのままの姿勢でどんどん干からびていった。
 なんだか、「ノッポの新入社員がミスの連発で怒られてうなだれている姿」を連想させた。
 「みんなの愛情を一身に浴びて大きくなった青年が初めて経験する社会の厳しさ」というところだろうか。
 ちなみに背の高い人に対する形容詞である「ノッポ」は最近あまり使われなくなった言葉だが、韓国語で「高い」を意味する形容詞「ノプタ」が「高く」と活用したものが語源であるという説がある。
 10年くらい前に韓国に行ってロッテワールドで夫婦して迷子になってツアーの集合場所が分からなくなったとき、この語源話を思い出して、「時計台」という意味で「ノップンシゲ(背の高い時計)オディエヨ(どこですか)」と受付のお姉さんに尋ねたら通じて場所を教えてくれたことがあったから、あるいはそうなのかもしれない。

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 そしてある日、私が仕事から帰ってみると、彼らはバラバラにされて捨てられていた。

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 生け花にされて床の間に刺された向日葵の花である。

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 翌日何気なく見てみると、いつの間にか陽光の注ぐ方向を向いていた。
 向日葵は土から切り離されて床の間に飾られてもなお太陽を恋うているのだ。
 何だか健気で、可哀そうでもある。

 あなたは向日葵のように生きたいですか。