ブログネタ
好きな魚の食べ方を教えて! に参加中!
骨切りしなきゃ畑の肥やし

 「ヒラ」という魚がいる。

 「ヒラ」の言語聴覚士である私には身につまされる魚である。

 熊本でアジのサビキ釣りをする人ならば1度は釣ったことがあるかもしれない。

 小鯵を釣っていると、急に「ギューン!」と明らかに鯵ではない強い引きに見舞われる。 一瞬「ヒラメか?!」と身構える。サビキに食いついた鯵にさらに鮃が食いついて釣れてくることがあるからだ。

 ところが、鮃が最後まで抵抗してなかなか手強いのに対して、こいつは最初の「ギューン!」だけで、後は「ノターッ…」と上がってくる。



 図体の割に身体の薄い、ペラーッとした魚である。これはもうずいぶん前にサビキで釣った、40cm級のヒラである。
 ピンとこない人には「コノシロの親分」というと分かるか。味もちょっと似ている。

 この魚は有明海沿岸の魚屋ではよく売っている。
 しかし、不当だと思われるくらいに安い。50cmくらいの大きさでも200円くらいのときがある。

 なぜかというと、調理法がとても限られるからだ。

 たまたまこの魚を釣った人は、「まあ鮗みたいなもんだろう」と思って煮つけにする。ぶわっ! なんだこれ? 焼いてみる。食えん。刺身。ゴリゴリだ。

 最初にこの魚を食べる人がまず辟易するのは、身の隅々まで入り込んでいる小骨である。もちろん皮の下にあるのだが、身がペラペラに薄いから、あたかも身が小骨だらけのように錯覚するのだ。
 
 この魚を食べるためにはまずハモなどと同じように骨切りをする必要がある。これが相当の技術が必要な上に面倒である。あるいは刺身のときは2mmくらいの薄さにする。これも技術と根気が要る。

 ところが、この魚は意外に足が速い。一生懸命骨切りをしているうちにみるみる生臭くなってくる。
 本当に新鮮なものは鮗より、ひょっとすると鯵より味があるのだが、これを味わうのに障壁となっている小骨の処理が完成するころにはもうすっかり味が落ちている。

 「コックパッド(仮名)」なんかでレシピを見てみても、ほとんど載っていない。
 「料理法が限られている上に、大して美味くない」と思われているからに違いない。

 先日、妻が鮗とこのヒラの刺身の盛り合わせを買ってきた。
 鮗もヒラも天草ではたくさん獲れるから、山盛りになった刺身である。

 天草人は本当に魚が好きだから、あまり小骨を気にしないようだ。
 キダコ(ウツボ)の湯引きなど小骨がそのまま入っているし、クサビ(キュウセン)のような小さな魚は「背越し」といって薄切りの輪切りにしてわざと脊椎を噛みしめるゴリゴリした歯ごたえを味わうほどだ。
 したがって鮗のような結構小骨の多い魚も刺身にするときにそこまで薄く切っていない。

 この刺身も、鮗もヒラも比較的厚く切ってある。大体5mmくらいか。
 鮗。
 うん。これくらいだとちょっと骨が触る。「どぜう様」である妻はこの時点でもう手を付けない。妻は多くのお嬢様とご同様、魚の小骨が嫌いなのである。
 「まあそこまで神経質にならなくても、これくらいの厚さに切っても結構美味いな。」
 ヒラ。
 む? えらく骨が触る。しかも、鮗と食べ比べているせいだろうか。なんだか生臭い。
 私は柳川のとある居酒屋でヒラの2mmくらいに切った刺身を食べたことがあるが、これは美味かった。鮗よりよほど美味い。それに比べるとこれは相当落ちる。

 申し訳ないが、私は鮗だけ食べることにした。なにせ2つとも本当に山盛りなのだ。たった300円くらいのものなのに。

 妻は鮗が綺麗に平らげられ、ヒラが見事に残ったトレーを見て、黙ってそれを冷蔵庫にしまった。
 そのときの妻の感想は「ああ、多すぎたんだね。1人で食べるには」というものだったらしい。これは後でインタビューして分かった。魚種の問題とは思わなかったらしい。

 したがって、翌日の夜、妻はまたこのヒラを夕食に登場させた。
 天草の魚は新鮮だし大事に扱われているから、2日目くらいでは刺身でも全然問題ないのである。
 しかし私にすれば、昨日食べてみて既に「生臭い」と感じているのだ。

 「実は、それ、生臭いんだよね…」
 私はせっかく刺身を買ってきた妻の逆鱗に触れるかもしれないなと思いながらも正直に言った。

 「ふーん…」
 妻はヒラの刺身を数秒見てから言った。
 「じゃあ、キムチにしたら?」

 私は妻の、「じゃあ、『熟成』させようか」という返事を期待していたのだ。
 「熟成」とは「我が家語」の一つで、「どうにも食えないが勿体ないから冷蔵庫で完全に腐って食べられなくなってから捨てる」という意味の言葉なのである。

 山の神の御宣託ならば仕方がない。 
 私は冷蔵庫から「アバラのキムチの素(仮名)」を取りだし、小鉢に移したヒラの刺身にかけて混ぜはじめた。我が家では「蛸と胡瓜のキムチ」を作るためにこの調味料を常備しているのである。

 グリグリ混ぜて、ヒラが十分赤くなったのを見計らって、私はそれを口に入れた。
 まったく期待していなかった。

 「あ、美味い!」
 こいつは美味い。

 ちっとも生臭くない。キムチの素のおかげで魚介の生臭さが完全に消えている。
 しかも、2日目の刺身だから身が柔らかくなるはずだが、身に入り込んだ小骨のせいか、ちっとも「グニャグニャ感」がない。いい歯ごたえだ。

 私は韓国に旅行して魚介類を食べるたびにその味付けの辛さに辟易し、「日本風に調理したらどんなに美味いだろう」という感想しかなかったのだが、なるほど、魚によってはこういう味付けの方がずっと美味い。

 韓国では太刀魚・グチ・スケトウダラなど、日本人がそこまで好きではない魚が好まれるが、おそらくヒラも韓国人が調理したら美味い料理になるのではないだろうか。

 ところで、正確を期すためにいえば(というか知ったかぶりをしたいからいうのだが)、私がヒラを食べた食べ方は「キムチ」ではなく「フェ(膾:なます)」という食べ方である。そして今調べたところでは韓国ではヒラは「チュンチ」というらしい。
 
ヒラのフェ

 そしてちゃんと「チュンチフェ」という料理があるらしい。私の(というか妻の発案だが)はただ魚と「キムチの素」をまぜただけだが、これは野菜も混ざっていてもっと美味そうだ。

ヒラ


 もう一つ知ったかぶりをすれば、中国ではヒラは「白魚」といい、「鱸魚」「桂魚」とともに金持ちにしか食べられない高級魚だそうである。しかもなぜか淡水にいるらしい。

 中国では骨切りをして唐揚げ・餡かけにするようだ。これはある程度大きくないと骨切りが面倒だし身が厚くないから大人数でつつくものなのだろうが。

 「大陸の知恵」で美味しいものを食べさせてもらったある日の夕食であった。