実はもっと深刻

 さて、旅行前の散々なトラブルと時間の浪費のあと、あっという間に仁川空港に着いた私たち夫婦である。

 ここから仁川に移動しなければならないのだが、これがちょっと骨が折れる。
 というのは、仁川空港はその名に仁川の名が冠されているにも関わらず、仁川市街へのアクセスがあまりよくないのだ。
 直線距離は近い。距離にしたら20kmくらいではないだろうか。
 だが、どういうわけか、この最短ルートには橋もトンネルも存在しない。連絡船があるだけだ。
 仁川空港は有明海と同じような遠浅の地盤脆弱な海中にある島に作られた空港である。あるいはそれが関係しているのかもしれないが、本当の理由は分からない。

 とにかく、仁川空港から仁川市街に行くためには、北か南に迂回しなければならない。

 地下鉄は北に迂回して2回乗り換えで仁川駅まで1時間30分以上。
 バスはホテルまで直通があるものの北に迂回して1時間以上。
 タクシーは南に迂回し、この方が北ルートより近いので約40分。

 料金は地下鉄とバスは1人10000ウォン(1000円)以下だが、タクシーは30000ウォン(3000円)以上かかるという情報であった。

 吝嗇な私は当然のことながらバスに乗るつもりだった。そこそこ早くて、安い。

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 ところが、飛行機の到着場所から出口までが遠い。
 さんざん歩いてやっと出口か、と思ったら、そこからさらに鉄道に乗らないといけないことが発覚。
 さらに入国審査や手荷物の受け取りなどで、1時間近くかかってしまった。
 これからバスに乗ったらホテルに着くのはもう10時を過ぎるに違いない。私は11時には寝るから、もう飯を食べる時間すらない。

 タクシーに決定。
 乗り場に急ぐ。
 空港の職員さんがタクシーの手配をしている。親切なことだ。
 私は当然のことながら、係員さんが日本語で話しかけてくれるだろうと思っていた。今までの韓国旅行ではほぼそうだったからだ。

河童は国境を越える

 ところが最近の私はとみに無国籍化が進んでいる。
 髪型は東亜スタンダードの薄毛短髪。鍛えて引き締めていたらわかる微妙な体形の相違も、注目されるのは突き出た下腹のみなのでもはや意味をなさない。

 以前だったらためらいなく日本語で話しかけてきてくれた人々が、「Japanese?」と聞いてきたリ、はなはだしきは「ニーハオ!」と話しかけてきたりする。
 
 係員のアガシは私に話しかけようとして「ウッ!」という表情で絶句した後、「Adress?」と英語で問いかけてきた。何人だかわからなかったのだろう。

 今回泊まるホテルの名前は長音が3つも入った横文字の名前である。韓国の外来語は日本人には一番発音が難しいところだ。
 こんなこともあろうかと、私はハングルで書いたホテル名を用意していた。文字ならば自信がある。
 アガシは私のメモを見ると、なぜかゲラゲラ笑って運転手さんに手渡した。失礼なアガシである。と、運転手さんも笑っている。何か間違いがあったのかもしれない。「サソーライズホテル(仮名)」といった類の。何せ私は「ブラームス」を長いこと「ブラムース」と思っていた男なのだ。

 運転手さんは乗り込んできた私に私の書いたメモを見せながら、「これ、仁川?」と聞いた。仁川では有名なホテルのはずなのだが。どうも外国人を仁川まで運んだことがないらしい。会社に無線し、ナビゲーターにホテル名を入れている。運転手さんも道筋を知らないらしい。急に不安になった。

 その不安を増強するように、タクシーは北に走り始めた。地図を見るとどう考えても南回りの方が近い。だが、私の韓国語力では「南回りで行ってください」などと伝えるのは至難の業である。第一、そちらのルートはやたらと渋滞しているのかもしれない。だからこそナビは北回りを案内したのだろう。

 タクシーが走り出すと、私には30年前、初めて行った時の「現代ポニー」が走り回っていた韓国の記憶が蘇った。とにかくスピードが速く、運転が荒い。久しぶりに乗った「神風タクシー」だった。
 しかし、私にはそれよりも「無事に着くのか。運転手さんの勘違いでソウルまで行ってしまうのではないか。」といった不安や、「えらく時間がかかっているけれど、料金はいくらになるんだろう」と、要は金の心配に起因する不安が大きくて、運転の怖さなど少しも気にならないのだった。

 妻は、といえば、ナンタルチア、こいつ、寝とる!

猫の耳に念仏

 妻は宮崎駿のような有名人監督の撮った映画でも退屈なら容赦なく寝てしまう女だが、いくら疲れているとはいえ、外国の、こんな状況で、よく寝られたものだ。なんという豪胆な女を妻にしたのだろう。

 と、思っていたら、後で聞くと、妻の席からは速度計が丸見えで、その針は150km/hを超えており、既に異国での死を覚悟して瞑目していたらしい。

 ちなみに今年のノーベル文学賞は反骨の歌手ボブ・ギラン(仮名)が受賞して話題となり、かつ本人に連絡が取れないということで「さすが自由人のギランらしいなー」と笑っていたのだが、

ボブ・ディラン_0001

 義兄はそのギランのコンサートで寝てしまった男であるから、こちらの方がもっと自由人なのかもしれない。

 閑話休題(かんわのなかでもさらにはなしがそれるな)。

 どうも道が怪しいので、信号待ちでエンジンの轟音が止んでいるときに「ホテルは東仁川駅に近いんですよね?」と運転手さんにカマをかけると、「そうそう、東仁川駅。」と答える。本当は近いのは仁川駅である。大丈夫か?

 無限に長く感じた時間の後、運転手さんが「あった! あった!」と道沿いのホテルのネオンを指さした。すぐ会社に連絡を取っている。「本当にあったよ!」などと言っている。やはり、まったくのナビ頼りだったのだ。

 料金は55000ウォン(約5500円)。ネットで調べて相場だと思っていた額より25000ウォンも高い。やはり遠回りが効いているのか。
 仕方がない。意図的にぼったくったという感じではなかったし、第一これで夕食に間に合った。ぶっ飛ばした甲斐があって40分で来ている。

 ホテルにチェックインする。名前とルームナンバーを告げると、鍵をくれた。これで泊るところは確保できたわけだ。
 これから店を探して、夕食を食べなければならない。
 美味しい店をスタッフに尋ねるのだが、日本語がまったく通じない。だれも、片言も分からないようだ。
 仕方がないので下手な韓国語で「美味しい店はどこですか」と聞くのだが、これがまた通じない。というより、質問が漠然としすぎていて答えようがないのだろう。
 「ジャジャンミョン」と単語のみを言うと、中華街の方向を教えてくれた。
 仁川名物のジャージャー麺は明日の昼に食べるつもりだから、今尋ねても仕方がないのだが、とりあえずそちらの方向に歩いていく。

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 中華街には歩いて5分くらいで着いた。
 後でわかったのだが、仁川の観光地はほとんどがこのホテルから徒歩5~10分くらいのところにあるのだ。最高立地のホテルである。しかも韓国のホテルでは珍しい洗浄便座ありである。例によってホテル名は教えないが(嫌な奴だなあ)。

 ここで食べるか。
 しかし、今回の旅行中に韓国内で食事をするのは5回の予定である。明日の昼ジャージャー麺を食べるとして、今日の夕食も中華を食べてしまうと、2/5回中華を食べることになる。韓国に来てこれはあんまりではないか。

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 反対側を見ると、ネオン街が広がっている。
 あちらは韓食を食べさせる店ではないのか。あちらに行ってみよう。
 もはや午後9時に近い。おなかと背中がくっつきそうである。以下次号。