バーチャル散歩

 私は毎朝家の近所を散歩することを日課にしている。

 ただ、猛暑の時期と厳寒の時期はなかなかこれが実行できない。

 猛暑の時期は早めに目が覚めて朝日が昇るのを見るのだが、その途端に我慢が出来ないような暑さが外の空気に感じられて、もう一度横になる。気付いた時にはもう散歩に費やす時間がなくなっている。
 厳寒の時期は朦朧とした意識の中で既に散歩の時間であることを感じるが、外は真っ暗だし、肌を刺すような寒さであることは長年の経験から分かっているから、ついつい布団の中にいるうちに、もう朝食を食べなければならない時間であることに気付く。

 また、張り切って散歩に行こうとして玄関を出ると、雨が降っていることに気付くこともある。無視できるような小雨ではなく、傘が要るくらいの量の雨が静かに降っていたりする。少々の雨なら、と思うのだが、私は黄砂や花粉にアレルギーがあって、身体中が痒くなったり喘息が起こったりする。傘を差さずに雨に打たれたりすると、この症状が覿面に現れる。仕方がないので、もう一度寝ようとするのだが、こういうときは身体が「これから動くぞ」という気になっているので、なかなか寝られない。

 こんなとき、ウォーキングマシーンがあったら、と思う。ベルトコンベアーみたいな奴の上に載って狭いスペースの中で歩行動作ができる健康機器である。

 これならば外気の温度や天候に関係なく散歩できる。

 ただ、私はとても飽きっぽい。

 したがって、このテの健康機器を長く使い続けたことがない。これは妻もご同様で、私が「引っ越し貧乏」と呼ばれるほどの輿の落ち着かない男でなければ、これらの残骸で家の中は足の踏み場もなくなっていたに違いない。幸い実際には引っ越しのたびにこれらの嵩の高い物品は収集所行きになるのである。

 ウォーキングマシーンは私の中では以前から欲しい健康機器のナンバーワンなのだが、それなりの値段がする。これを飽きて使わなくなるというのはあまりにも勿体ない。それで過去これに手を出したことはない。

 実はウォーキングマシーンで飽きないためのアイディアは小学校の頃から温めているのだが、なぜかこうした商品が販売されているのを見たことがなかった。

 それはどんなマシーンなのだろうか。

 名付けて「バーチャルウォーキング東海道五十三次」。

 別に東海道五十三次でなくてもいいのだが、マシーンと連動して目の前の大きなTVモニターに街並みが現れ、マシーンで歩くとあたかも道を歩いているような映像が映る。

 適度なところで休憩できるように、一定距離歩くと旅籠などの休憩所が現れるので、そのときはティータイムである。これで歩きすぎ(専門用語で過用という)が防げる。

 モニターに現れる風景は「東海道五十三次」のほかに「北海道野生動物ツアー」でもいいし、「思い出の道散策」でもいいし、「古都京都寺社巡り」でもいい。とにかく飽きさせないような景色が次々に現れれば、私のような飽きっぽい人間でもきっと頑張れるに違いない。

 私が小学校のころ(つまり45年前くらい)にはテレビとウォーキングマシーンを連動させるなど丸きりの夢物語だったが、現代のこれだけ進んだバーチャルリアリティーだったらこうした商品を実現するのは簡単ではないだろうか。

 そう思った私は「アマゾネス(仮名)」や「楽観(仮名)」などの通販サイトでこうした商品を探してみた。ところが、これがほとんどないのである。

 もちろん、ウォーキングマシーンで歩いた距離を入力するとバーチャル日本一周ができる、というような類のサイトはあるのだが、マシーン連動ではないから、これはどちらかといえば「みんなで励ましあってウォーキングを続けましょう」という趣旨に近い。

 一つだけ見つけたのはお遍路さんがバーチャルで体験できる機器だったが、これが私には到底手の出る価格ではない。しかもモニターが小さい。

 ドライブレコーダなども今はとてもいいものが出ているのだから、ウォーキングマシーンとこうした映像を連動させて大画面に映すことは技術的には十分可能なはずである。なぜこうした機器がほとんど販売されていないのか、謎である。

 何か陰謀の臭いがする。

 こうした、「誰でも思いつくアイディアなのになぜか実用化しない物」というのは私たち市井の者が思う以上に複雑な「訳あり」なのかもしれない。

 私は以前「電池交換式EV車はなぜない」と世に問いかけていつものように全く無視されたが、こうした機器が発売されると権益を脅かされる一団があるにちがいない(誇大妄想)。

 ちなみに電池交換式のEV車は結局中国で実用化されたらしい。新興勢力でないとこうしたことが実現しないというのが如何にも胡散臭い話ではある(穿ち過ぎ)。

 あるいは今は「ゴーグルアース(仮名)」などで世界中のどこの街並みでも仮想散策することができるのだから、これとウォーキングマシーンを組み合わせたら世界的な大ヒットになりそうな気がする。数が出れば値段も安くなるし。
 一瞬「ゴーグルの陰謀」という言葉が脳裏を掠めたが、深入りしないことにする。命が危ない(被害妄想)。

 どこかの会社に是非製品化してほしいアイディアだ。

 そのときは私にアイディア料をお願いしたい。料金は「バーチャルウォーキング東海道五十三次」一台無料進呈で結構である。