過去への旅

 空港鉄道のチケットを買った私たちはホームで列車を待つ。私達の乗る便は仁川-ソウル直通で、45分程度で首都に到着するはずである。

 入国審査で人いきれの中で待たされたせいか、喉が渇いた。
 どこかで飲み物が売っていないか。

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 自動販売機があった。日本人には懐かしい「ボンカレーを作っている製薬会社(仮名、になってないか)」のものである。


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 ところが、生憎1000ウォン札しか使えない。空港の両替所で10000円だけウォンに替えたのだが、1000ウォン札は1枚しかもらえなかったのだ。そして、1個1000ウォンのものは全て売り切れ、1300ウォンのものだけが残っている。おそらく私と同じように1枚だけもらった1000ウォンで1000ウォンの商品を買った人が続出したらしい。

 上のスリットはクレジットカード用のものらしいが、自販機でクレジットカードを使う、というのは日本でも経験したことがない行為なのでやり方が分からない。

 仕方がないので妻から1000ウォン借りて2000ウォン入れて1300ウォンの「ポッカリ酢(仮名。というか、妻の母の新造語である)」を買った。

 本当は自動販売機でクレジットカードを使うという日本ではなかなかできない経験をしたかったのだが、残念だ。カードが吸い込まれてしまって出ない、などという漫画みたいなことはなかったと思うのだが、今一つ勇気が出なかった。

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 そうこうしているうちに列車が到着。

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 みな我先にと乗り込む。席は指定だからそんなに急がなくても、と思うのだが、入国審査や手荷物を待って1列車乗り遅れた人たちと思われる。焦っても仕方がないのだが、ついつい気が急くのだろう。

 ここから記憶がない。
 席についた途端に夫婦二人ともあっという間に寝てしまったらしい。何せ昨夜は旅行が楽しみ過ぎて2時間くらいしか寝て居ないのだ。

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 ふと気づくと列車はもうソウル市街に入っていた。30分近く意識を失っていたようだ。治安の悪い国なら大変である。空港鉄道はほとんど揺れない快適な列車である。

 35年前、韓国の誇る「セマウル号」に乗ったことを思い出した。「韓国の新幹線」という謳い文句のこの列車はまるで「石鉄(仮名)」の特急のように揺れた。列車の床は飲み食いしたゴミで汚れていた。

 あの時代で私と韓国との間を流れる時が止まっていたとしたら、私もあるいは1960年代生まれの同世代の多くと同じように「遅れた韓国」という認識を持ち続けていたかもしれない。

 88五輪ブームで試しに行ってはみたものの、当時の日本からすればチャチな産業技術、汚れた街並み、すぐ詰まるトイレ、悪い運転マナー、そうしたものをマテリアルにして、自分の親の世代の「遅れた国」という認識を再確認して戻り、その後の歴史や領土を巡る葛藤で足が遠のいた。「日韓の懸け橋に」などという大それた志望もいつの間にかどこかに行ってしまった。

 ただ、両親が相当の期間大陸で過ごした私は、「韓国人や中国人は怖い」という認識を植え付けられることがなかったのは幸いだった。もしそうなら二度と韓国には行かなかっただろう。

 そしてある日、巷に溢れるK-POPや韓流ドラマに驚き、経済が追いつかれそうになっているのに焦り、子や孫たちが「遅れた国」に夢中になっているのに恐怖を覚え、こう叫んだだろう。「騙されるな! 騙されるな! どんなに発展したように見えても、本当は遅れた国なんだ。日本がいなけりゃ何もできないんだ。」と。

 私には最近の嫌韓報道が私達世代のそうした叫びに聞こえてならない。
  
 海峡の反対側からはこんな叫びが聞こえてくる。

 「騙されるな! 騙されるな! どんなに友達面して近づいてきても、あいつらいざというときに裏切るんだ。心の中はずっと軍国主義なんだ。」

 こちらも時の止まった世界である。

  待ってましたとばかりに全部足せば2億人以上いる互いの国に本当は1万人ずつくらいしかいないファナティックなアンチが海峡の両岸から対立を煽り立てる。

  ネット上で組織的に動くと彼らが「みんな」に見えるから怖ろしい。

 お互いに発展した祖国を持つ若者たちが、怨恨の渦巻く過去の世界に引きずり込まれないように祈る。
 初めて互いの人や文化に触れたときの、新鮮で明朗な印象を持ち続けてほしい。
 そうした印象を持ったからこそ、互いの国の何百万人という人数が海峡を越えて行き来するようになったのではなかったか。