カード社会のはずが

 「韓国代走(仮名)」で楽しくお買い物をした私たちは、一旦ホテルに帰って獲物を置くと、再度夕方の梨泰院に繰り出した。

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 生憎の雨だが、梨泰院には雨がよく似合う。何でか知らんけど。
 「ああああー梨泰院は今日も雨だった」というクールファイブの歌が急に頭に浮かぶ。

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 どういう訳かカップルが異常に多い。

 韓国の歓楽街では私の棲む九州と同じく割と同性同士の集団が多いのだが、この街の「カップル率」は群を抜いている。
 何だか同性同士の二人組までカップルに見えてくるほどだ。

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 ずーっと地下鉄梨泰院駅近くまで歩いて、そこからホテルに直通している路地に入っていく。ここが前回来たときに美味しい店が並んでいた通りだ。
 3秒前のことすら忘れるようになったのに、6年前のあの日のことは鮮明に覚えているのは不思議なことだ(あのね、それって時間的勾配っていって、前向き健忘の典型的な症状ね)。

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 まだ6時くらいなのにもう日が落ちてきた。
 以前栃木に行ったときに日暮れが早いのに驚いたが、ここはさらに緯度が高いのだ。

 本当は別の店に入りたかったのだが、行列していたので止めた。さすがに1日に3回の行列は嫌だ。

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 まずはビールを頼む。
 愛国者である私は本当は日本のビールを頼みたかったのだが、「ユウヒ(仮名)イッソヨ(ありますか)?」「カッポレ(仮名)イッソヨ?」「カントリ(仮名)イッソヨ?」という私の問いも虚しく、「オプソヨ(ありません)」という返事が返ってきたのだ(大嘘。せっかく韓国に来ているのだから韓国のビールを飲みたかった私は自ら「キャス(仮名)ジュセヨ(ください)。」と叫んだのだった)。

 メニューを見ると、カルビやサムギョプサルなど、日本でもお馴染みの焼肉に混じって、モクサルという品目があった。メニューには日本語が併記されていて、「豚の首肉」と書いてある。
 カルビやサムギョプサルは日本でも食べられるから、これを頼まなければ。

 店のアガシ(お嬢さん)を呼んで、「モクサルジュセヨ」と言うと、怪訝な顔をして、韓国語で、「これはムニャムニャですよ(よく聞き取れなかった。断じて私の韓国語が拙いのではなく、この店は客が一杯でその騒音で聞き取れなかったのだ!)。
 こういう時の私の答えは一つである。「ケンチャナヨ(構いません)」しかない。

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 来たのはこんな肉だった。椅子に置いてあるのはテーブルが一杯になったので止むを得ず私たちがそうしたのだ。ではなく、アガシがそうしたのである。たしかにテーブルはいやしい私達が目いっぱい取ってきたセルフサービスの付け合わせで一杯だったのだが、このあたりの感覚の違いが世界で一番似ている私達やまととからの微妙な違いなのだろう。

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 ビールを飲んでしまったのでマッコリに変える。
 やはり本場で飲むマッコリは美味い。なぜこんなに味が違うのだろう。

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 そろそろモクサルが焼けてきたので鋏で切って食べ始める。

 ほう?!
 素人だったら見逃すだろうが、これはまた歯応えと噛めば噛むほどジワッと滲み出てくる旨味が堪らない。豚肉1枚が15000ウォンは少し割高かなと思ったが、納得の逸品である。

 しかし私は、さっきから隣のテーブルに気を取られていた。

 どう考えてもこの店の店員としか思えないエプロンをした男性の二人組が、隣のテーブルで飯を食べ始めたのだ。この辺りも日本人と感覚が違うのだが、私にはむしろ好ましい。
 というのは、彼らの食べているものを見ていると、この店のお勧めが本音の部分で分かるからだ。

 日本でも「店のまかない」などといって店員の食べているものがメニューとして登場したりするが、どうも宣伝臭がして私は好きになれない。「本当にこんな凝ったもの賄いで食べてるんかよ」と、料理屋でのバイト経験の方が本職よりよほど身に付いている私は思ってしまうのだ。

 かれらはタレに付けられた牛肉らしき肉を美味そうにパクパク食べながら談笑している。
 よく見ると私たちの後ろの席の、何だか上流階級っぽい、いかにもインテリという感じのオルシン(ご老体)を囲んだ一団も同じメニューを食べていて、両側から匂ってくるタレの焦げる匂いとそれに付けられた肉の焼ける匂いが鼻をくすぐるのだ。

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 堪らず頼んだのが「ヤンニョムカルビ(タレ漬けカルビ)」である。

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 これを頼んだら、鉄板から網に替わった。ご覧の通り炭火焼きである。

 私は吝嗇であるから旅に出たからといってその土地の名物に高い金を出したりはしない(「旅行は消費である」なんて言ってたのは誰じゃい)。

 だから韓国に行ったからといって、「韓牛」を食べたことはない。
 だが、このカルビはおそらく韓牛だったと思う。
 私には馴染みのある、肥後の赤牛と味が似ていたからだ。といっても、私は赤牛も人生で数回しか食べたことがないが。

 私の牛肉生活は「米牛」と「豪牛」を欠いては成立しない(昨日「事大」がどうとか言ってなかったか、この河童は)。

 韓国通の人には「韓牛はコスパが悪い」という人もいるが、1人前15000ウォンでこの味ならば十分値段に見合っていると感じた。今でも舌の上に快感が残っているような気がする。

 気をよくした私は、勘定のとき韓国では初めての行為をやってみた。
 それはクレジットカードでの決済である。

 「カードOKですか?」と韓国語で言うと、OKだということなので、店員さんにカードを手渡す。店員さんがレジにカードを通して、支払い終わり、と思ったら、「済みません、このカードは使えません。別のカードはありませんか。」
 おやおや。オンライン決済大国の韓国でも使えないカードがあるのか。

 もう一つのカードを渡す。今度は大丈夫だろう。
 また駄目。

 財布にはもう一つカードがあるが、同じ会社のものなので、おそらく駄目だろう。

 冷汗が腋の下をツツーッと流れる。
 
 仕方がないので、万一のために両替しておいた現金で払う。

 よく見ると、レジのところに貼ってあるカード会社のシールは2種類である。
 「韓国はカード社会」といっても、どのカードでもOKという訳ではないようだった。

 意外なことに、店のウインドウなどに貼ってあるシールの会社は、「日本限定」と思っていたあの会社が多いのだった。我が祖国に栄えあれ。

 今回の旅行は基本的に払いは全部カードで、と思っていたので現金の両替は最小限に止めるつもりだったが、その後も意外に現金が必要な場面が多く、「万一」の現金はどんどん減っていって2回追加の両替をする必要があったのだった。

 皆の衆(村の長老調で)。
 外国では隣国といえども万一の備えを怠ってはならぬ。私達の先達がそうしたように、靴の底やらパンツの中やらに聖徳太子を潜ませておくのじゃ(聖徳太子なんて言っても分からないだろうな)。

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 いい機嫌になってホテルに帰り、「代走」で買った「美味しいっちゃあ美味しいよな」というお菓子を摘まみながら、隣国での1日目は更けていくのであった。