冷麺の美味しいプルコギ屋

 南大門と明洞は隣の街である。

 地図を見れば当たり前なのだが、実際に歩いて移動するとこれが意外に近くて驚く。
 考えてみれば地下鉄で1駅なのだ。

 A社長と有意義な話をした私たちは、そろそろ昼飯時になっていることに気付いた。随分喋っていたものだ。

 韓国人と込み入った話をするときにはいつも日本語である。

 既に何度か書いたが人間は外国語を話す時には文法や語彙の処理に脳機能が使用されて、思考力が母国語で話す時の8割ほどになる。「外国語効果」という。

 したがって私たちは脳をフル回転させている相手と込み入った話をしているわけではないのだ。
 日本人と韓国人が日本語で話をする、というのはそういうことだ。相手の日本語が苦手であればあるほどそういう状態になる。

 歴史的な経緯で韓国人たちは日本人と日本語で会話せざるを得ない時代が長く続いた。

 私は私たちの世代より上の日本人が韓国人をどこか自分たちより下に見ている背景にはこの言語の問題が横たわっているのではないかと思っている。この話については一度した。
河童ソウル徘徊旅行2-日本の好きな韓国人と出会う-(河童亜細亜紀行36)

 にも関わらず、たとえば娘の恩人のBさんや、このA社長と話をすると、日本語を話していても相手の方が頭がいいのではないかと思えてくる。つまり韓国語で思考しているときにはこちらより随分優秀な頭脳ということだ。

 Bさんは韓国でもトップクラスの会社の関係者だから当然としても、A社長は市井の商人である。
 英語も日本語もペラペラで、社会や経済についての見識もしっかりしているこういう人が店先に座っている、というのが南大門市場の奥深いところだろう。

 さて、昼飯は以前来た時に冷麺の美味かったあの店で、と思うのだが、辿り着けるのだろうか。
 と思っていたら、またも強烈なデジャヴに襲われ、妻を引きずるようにして入った通りに果たしてその店があった。わしゃまだまだ大丈夫じゃ!(だからそういうところが症状なんだって)。

IMGP2637

 冷麺とパジョン(チヂミ)を頼んだら、パジョンが先に出てきた。
 韓国ではチヂミのことをチヂミとは呼ばない。これは日本語の中に残った韓国の古語であるらしい。そう考えれば貴重な言葉だ。

 それにしても日本語の中の韓国語由来の言葉も昔と比べて飛躍的に増えた。ビビンパやナムルなど、比較的古いものから、タッカルビ、ハットクなど新しいものまで。

 日本語は実にウェルカムな言葉であって、カタカナさえ使えばどこの国の言葉でもどんどん取り入れることができる。
 実は「ウェルカムな」という語もたった今私が作った言葉なのだが、ある程度の教育のある人だったら簡単に意を取ることができるだろう。
 もっとも、私が調べるのが面倒でちゃんと見ていないだけで既に誰かが使っているかもしれないが。「アイディアをパクられた」などと言って会社に火を点けて何十人も殺してしまうような輩がいる時代だから気を付けないとのう。

 人間は似たようなことを思いつくので、そのアイディアが自分だけのもの、ということはまずない。言葉や言い回しも誰が作ったというのでもなくいつの間にか広がっていくものだ。

 そして長く使われる語彙は、人々の間に不快な印象を広げなかったからこそ存続してきたわけで、突然「これは〇〇由来の言葉だから怪しからん」などと言いだすのは言語のそうした性質を知らない人の台詞である。

 ただし、差別語は別である。その言葉が弱い立場の人を傷つけることが分かっていて使い続けるのは人として道に外れている。

 ただ、韓国で間歇的に起こる「日本由来の言葉を使わないようにしよう」という運動に、私は戦時中の英語排撃で「ストライク」→「よし、1本」というような野球用語の改変を皆が大真面目にやっていたという話を知った時と同じような滑稽さを感じてしまう。「ストライク」が誰も傷つけないように、「オデン」も誰をも傷つけなかったから多くの人が普通に使い続けてきたのだろう。

 「オムク」などという味もそっけもない言葉を使わずにこれからも「オデン」という言葉を使っていってほしいものだ。

 今回言いたいことが多すぎてなかなか先に進まないな。

IMGP2638

 冷麺登場。

 店員さんが一緒に持ってきた鋏で麺を切ってから食べ始める。
 最近嚥下機能の関係で冷麺が喉に引っかかり始めた私達にはこの韓国の風習はとても有り難い。言語聴覚士が冷麺で窒息したなんて洒落にならんからのう。

 やはりここの冷麺は美味しい。

 パジョンと冷麺に舌鼓を打ちながら周囲を見回すと、皆プルコギを食べている。

 最初に入った時に冷麺を食べて美味かったから私たちはこの店を「冷麺の美味しい店」として認識しているのだが、実はプルコギの店だったのだ。
 プルコギがメインで、パジョンや冷麺はサイドメニューなのだろう。

 ただ、皆の食べているプルコギを見ると、私の好きな「ソウル風」ではない。ソウルのプルコギ屋なのにソウル風でない、というのも変な話だが、結構濃厚そうなタレである。

 他人の食べているものの写真を撮るわけにもいかないから写真はないが、今度明洞に来た時も私たちはやはりこの店で冷麺を食べるだろう。
 そのうちに「お客さん、うちはプルコギ屋なんで、一度プルコギ食べてみてくださいよ。」と言われそうである。

IMGP2635

 明洞は相変わらずの雑踏である。
 そして聞こえてくるのは日本女性の韓国女性より少し高い声だ。
 しゃべらないと本当に見分けがつかない。

IMGP2625

 しばらく歩くと、おやおや、これは懐かしの韓国貨幣金融博物館ではないか。前回の旅の目的はここだったのだ。

 妻に向かって「また入ろ…」と言いかけたがやめた。妻はこれから「寄ってモール(仮名)」に行く腹積もりなのだ。今回の旅は妻に計画の全てを委ねているのだった。

 「寄ってモール」は明洞にもあるのだが、「オネスト(仮名)」で見てみると、ここからだと歩くしかない。私はいつものような膝が痛くなってきているし、妻はいつものように股関節が痛くなってきている。タクシーはこの距離では行ってくれないだろう。

 ソウル駅にも「寄ってモール」があることが分かった。よし、こちらだったら会賢(フェヒョン)の駅から地下鉄で行ける。

 私たちはソウル駅に向かったのだった。