唐辛子粉ゲット


 地下鉄4号線に乗って、ソウル駅に到着。

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 こちらは旧駅舎。
 赤レンガ造りの、昔の東亜スタンダード、という感じの 建物である。

 何となく東京駅に似ているので、妻に「辰野金吾が設計したんじゃないかな」と知ったかぶりの嘘を言ってしまった。
 あまりいらんことをいうと旧韓国国立博物館の建物のように取り壊されてしまうかもしれないので、この話はこれくらいにする。

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 1987年に私が渡韓した証拠として唯一残っているのはこの国立博物館の前で私が座りながら写真を撮っているところを一緒に渡韓したA君が撮った写真だけなのだ。

 久しぶりにこの写真を見つけてブログに載せたときはなぜ自分が背広を着ているのか理解できなかったのだが、今回の一連のシリーズを書いていて思い出した。

 私は仕事で渡韓している日本人サラリーマンを装いたかったのだ。
 これは自分の当時の考え方や行動に自信がなかったからだ。要は、当時の軍人政権に捕まってスパイにでっち上げられることを恐れていたのだろう。

 今から思えば在日韓国人には確かにそういう人がいた。

 しかし日本人の私の持っていた惧れは、私より一世代旧い父たちの抱いていた偏見と何も変わらない。

 自分にがっかりである。

 閑話休題(まあいい、わたしにとってじんせいはじぶんにしつぼうすることのれんぞくだからだ)。

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 こちらが新駅舎である。

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 長いエスカレーターを登っていく。

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 「寄ってモール(仮名)」の前である。ほとんど広場だ。

 ここでもリュックが重すぎて足が地面にめり込んでしまうほど買い物をした。

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 考えてみれば「寄って」で買ったものはそれだけで写真を撮るのを忘れていたので、このスーツケースにぎっしり入っているものはその一部である。

 「寄って」では妻のお土産の参鶏湯セットと唐辛子粉が主な買い物だったのだが、このうち唐辛子粉を買うのが一苦労だった。

唐辛子ついに来日

 以前ソウルで乾燥唐辛子を買うのに苦労したことはあったが、唐辛子粉はどこにでも売っている食品である。なぜそんなことになったのか。

 「寄って」に入るや否や、私は得意(?)の韓国語を駆使して店員さんに聞きまくり、妻の欲しがっていた商品をあっという間に揃えてしまった。あとは唐辛子だけである。

 唐辛子粉は日本でも普通に売っているから、簡単に見つかるだろう。

 まず私は自力で探すことにした。
 小麦粉やらホットックの粉やらを売っている列を探すのだが、ない。
 調味料を売っている列を探すのだが、ない。
 遂にはレトルトや油を売っている列も探したのだが、やはり、ない。

 仕方がないので店員さんに聞くと、「あっちの列にありますよ」と教えてくれた。なんだ、さっき見た列である。ない。
 また5列くらい見て回るのだが、ない。
 2番目の店員さんに聞く。また、「あっちの列にありますよ」と指さすのだが、やはり同じ方向である。そっちはさっき見たんだって。行くと、やはりない。
 3番目の店員さん。同じことの繰り返し。
 4番目の店員さん。同じ。
 いい加減その辺にいる店員さんには全員に声を掛けてしまった。私達がウロウロしているので、変な顔をして見ている。

 もとかするとこの人たちは今回の日本の行動に憤りを感じていて、わざと唐辛子粉の場所を教えないのではないか、そんな妄想が湧き始めていた。

 また声を掛けようとする。あ、この人はさっき声を掛けた人だ。

 もう一巡して、「この人は間違いなく声を掛けていない」という人に「唐辛子粉はどこですか」と聞く。

 この間私は、自分の韓国語がまずいのだと思って、唐辛子粉の韓国語「コチュカル」の「コ」を発音するときにより唇を丸めて「ク」に近くしてみたり、「カ」を発音するとき唾が飛沫になるほど強く呼気を出して見たりしていたのだが、もう元の発音に戻してみた。こうなりゃ自棄じゃ。

 するとこの人は初めて今までの店員さんと違う行動をした。
 「ああっ、もう!」という感じで私の手を取らんばかりにある列に連れて行ったのだ。それは私達が最初に探した小麦粉の列だった。

 「ほら、ここ!」と指さした先には唐辛子粉が。
 単に私達がそれを見逃していただけだったのだ。

 アホ丸出しである。

 私が途中で諦めていたら、私は唐辛子粉が見つからなかった悔しさで「反日の意気燃えるソウル」などという印象を持ったかもしれない。って、持つはずないだろ。

 皆の衆(またかよ)。

 言葉が不自由というのは偏見や妄想の元である。
 観光客には優しくしよう。

 何はともあれ我が家の山の神の土産は全て揃い、ご機嫌になったのだった。

 後はこの旅行を楽しく終えることができるかどうか、最大のイベント、本日の夕食である。

 私たちは再びホテル近くの梨泰院繁華街に向かう。