バナナは貴重品

  今回韓国旅行あるあるであるある(我ながらくだらん)。

1.今回妻が人生で初めて韓国人からトイレの場所を聞かれた。

 はっきり言って私は韓国旅行に行く旅に韓国人から道を尋ねられる(大袈裟。ソウルだけ)。

河童は国境を越える

 これは中高年となった私がすっかり無国籍化して日本人やら韓国人やら中国人やら分からなくなっているから、というのもある。
 が、1000万都市ソウルでは人々のテンポが速すぎて韓国の田舎から上京してきた人には付いていけず、同じく田舎者でテンポが同じである私についいろいろな尋ねごとをしてしまうのだろう。

 今回妻が韓国人から尋ねことをされたというのは、妻もまた無国籍化したということだろう。
 もともと最近の日韓女性は化粧やファッションが似ていて区別がつきにくいが、それだけでなく私と同じく〇齢(自粛)による無国籍化が妻にも始まったということ、ではない。とんでもない。マイハニーになんてことを。そんなことを言った奴出てこーい。

2.帰国してお店で買い物をしてお金を出したら、「お客さん、これ、使えません。」
 あ、100ウォン玉だった。

 100ウォンと500ウォンは100円と500円にそっくりである。

 ただし、50ウォンは穴無しの白銅貨であり、韓国では消費税(付加価値税:VAT)用の10ウォンのみが銅貨である。

昔からのお友達

 ちなみに10ウォンはとても小さく、使いにくい。摩耗するのも早いのではないだろうか。
 白銅貨3種類も区別がつきにくいのでは。
 わざとそうして通貨のオンライン化を図っているのではないかと思ってしまうほどだ。

3.言葉は分からなくても訛は分かる。

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 2日目の夜、焼肉屋から帰る道でホットック(韓国風御焼き)を売る店を見つけた。

 値段を聞いて、注文をしたのだが、その店のアジュンマが私たちに興味を持ったらしく、何か早口で話しかけてきた。
 何を言っているのかよく分からない。2度聞き返したら、どうやら「今日は雨が降ったから蒸し暑いね」というようなことを言っているらしい。

 何せ私の韓国語であるから本当かどうか怪しいが、私はアジュンマがどこの出身であるかははっきりと分かった。
 釜山もしくはその周辺の慶尚南道である。
 文末の母音が「ア」のところが「オィ」になるような気がする。
 東京で故郷九州の方言を聞いたようなヘンな懐かしさがある。

4.韓国人が日本人お気に入りの場所やアイテムをまるで眼中にない

 南大門のA社長と話したときのこと。
 「昨日はどこに行きましたか?」と聞かれて、夫婦声を揃えて「代走(仮名)!」と言ったら、「え?代走ですか?」と呆れた顔をされ、笑われた。

 私たちは必死になって日本の「代走」と「韓国代走」の商品の違いを力説したのだが、A社長の怪訝な表情は解けることがなかった。

 日本人が八木アンテナやテレビジョンの真価を理解できずに米国がその技術を使って日本を焼け野原にしたようなことが起こらなければいいが(話を広げすぎ)。

5.「代走」で余分なものを買ってしまう。

 これは韓国旅行あるあるというより「代走」あるあるだ。

 「代走」の商品は楽しくてバラエティに富んでいるので、つい余計なものを買ってしまう。
 これは日本の「代走」でもそうなのだが、「韓国代走」は日本の「代走」とはまた半分以上商品が違っていて、楽しくてつい買ってしまう上に、「今度またいつ来て買い物できるかわからないし」という心理からつい自分が「買い物マシーン」になってしまう。
 さらに、「代走」の商品は予告なしに入れ替わる(というかどこの商店でもそうなのだがなぜか「代走」では唐突感が強い)ので、なおのこと「今買っておかなければ」と思ってしまう。
 したがってレシートは襷の如く長く、勘定は100円ショップとは思えないほどに懐を掻き毟る。

6.切符がないっ!

 これは久しぶりであるがやってしまった失敗である。

 ソウル駅で仁川空港の搭乗手続きと出国手続きを終えた私たちは、さらに空港鉄道ソウル-仁川間の切符を買った後周辺散策に出かけた。

 ところが、帰ってきて改札を通ろうとすると、切符がない。

 私は外国旅行に限らず切符はシャツの胸ポケットに入れるのが習慣なのだが、そのとき着ていた服は前日韓国で買ったもので(暑かったので汗だくになって持って行った着替えを全部消費してしまったのだ)、生憎胸ポケットがなかったのだ。
 これはそのシャツが限りなくパッチもんに近く、胸ポッケがあったらおそらく©法にひっかかる、というのが理由だったろう。

 改札を通ろうとした私は、いつものように胸ポケットから切符を取り出そうとしたのだが、考えてみれば胸ポケットはないのだ。
 ああ、そうだった、いつも大事なものはパスポートと一緒にバッグに入れるからそこだろう、と思ったのだが、ない。
 ああそうか、リュックだったか、と、リュックを開けて見るのだが、ない。

 そうです。
 慣れないことをやるからいけない。
 私は普段は財布を右の尻ポケット、名刺入れを左の尻ポケットに入れるのだが、日本衣装界の慣例として右の尻ポケットにはこれを盗難や滑り落ちから護るボタンがない。
 私は決して韓国人を信用していないわけではないのだが、やはりどんな国にも人のポケットから財布を抜き取る不届きな輩はいるものだから、旅行に行くときはそれには不要な名刺入れを左尻ポッケから家の金庫(嘘)に移し、財布をそこに入れるのだ(信用してないやんけ)。

 このとき、胸ポケットがないことに気付いた私は、切符を空いている右尻ポケットに入れて散策に出かけ、戻ってきたときにはそれをすっかり忘れていたのだ。

 海外旅行といえども、普段通りに行きましょう。

 危ない、という人は、普段から盗難対応で日常生活を送りましょう。

 今だから言える話だが、私は10年くらい前に東京のとある路線でスリ集団を見たときの恐怖を忘れられない。

 詳しい話は今でも怖くて明らかにできない。

 東京の人は気を付けて。

7.え? 大儲けのはずだったのに。

 私が今回の韓国旅行を思いついたとき、日韓関係は「最悪」と言われていた。浅ましい話だが「航空券が安いのではないか」というのが旅行計画の最大の動機だったのだ。
 もう一つの動機は、円高ウォン安である。
 「今現地で買い物をすれば、お気に入りの韓国韓国グッズがたくさん買えるのではないか」というのが、亜大(亜細亜大学の略称ではなく私の新造語)の動機だったのである。

 ところが、航空券はもちろん随分安くなったが、底値と言えるほどのものではなかったし、円ウォンレートもその後ウォン高に傾き、10000円出しても得をするのは1000ウォン札一枚程度だったのだ。

 これは隣国ゆえに意外と正確な情報が交換されるからだろう。

 その昔、「日本から韓国にバナナを持っていくと3000円で売れる」という話を聞いて、本気で持っていこうとした私である。

 「世の中そんな美味い話はない」のに、ついついそんな気になってしまうのだ。
 
 ヘンな期待をし、見事に裏切られてカッとなる。
 最近の日韓関係のあるあるそのままであるある(2回目でもっとくだらん)。