幻の島国

 表題と挿絵が違うことをお詫びします。

 いよいよ帰国である。

 ソウル駅で搭乗手続きと出国手続きをした私たちは、 2時間ほど時間に余裕があることに気付いた。
 実は「時間の余裕」などなかったのだが、「知らぬが仏」である。

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 さて、駅のどちらの

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 方向に、

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 行くか。

 もちろんこっちだ。

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 道を渡ろうとするのだが、横断歩道が不思議な造りになっていてなかなか渡れない。
 通常横断歩道は一直線に道を渡るようになっているのは誰しも知っているだろう。
 ところが、ここの前の道は3区画くらいに分かれており、1区画ごとに信号の変わる時間がズラして設定してあるらしく、一気に渡れない。
 しかも、それぞれの区画を渡る3つの横断歩道もそれぞれに引かれている場所がズレていて、一直線になっていないのだ。

 これは横断歩道を一直線に作ると渡るための時間がかかりすぎて信号待ちが長くなりすぎるからではないかと推測したが、あるいは性急な人が信号がもう変わり始めているのに無理に渡って途中で信号が赤になって道路の真ん中で立ち往生(というか車に跳ねられて本当に往生)してしまうのを防ぐためなのかもしれない。

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 何はともあれ道を渡り、その途中で背景が映らずにどこで撮ったかわからない花を撮影し、オフィスビルのベンチでしばらく座って足を休め、さらに我が家のTVのメーカーのビルの下でまた足を休め、反対側の駅にまた帰ろうとした時だった。

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 実は駅前の道の反対側に渡るためには複雑な横断歩道を渡る以外にもう一つの方法があって、それがこのエスカレーター付の歩道橋なのだ。

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 この歩道橋に近づいて行ったとき、私達はなぜか人だかりがしていることに気付いた。

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 スーツを着た背が高くて足の長い男性がエスカレーターに乗って上っていくのをスタッフらしき人が撮影している。男の人は何だか偉そうな態度である。

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 さらにそれを追いかけてこれまた背の高くて足の長い女性がこれを登って行った。

 どうやら二人は俳優さんで、これはドラマの撮影らしい。

 面白そうなので撮影しようとしたら、その場にいたスタッフの中の一番偉い人と思われる人が私に近づいてきて、「これはベラベラベラベラ。」と早口でまくしたて始めた。
 このスピードで話されては私の韓国語では到底分からないので、「ハングンマルモルラヨ(韓国語分かりません)」と言うと、男の人は一瞬、「はあ? 喋れてるじゃないか」という顔になったが、今度は英語で「This is ペラペラペラペラ.」とまくし立て始めた。
 これも私の英語力では到底ついていけない会話速度である。

 何を言っているのか分からないが、その場のシチュエーションと男の人の表情から、これ以上近づかないこと、写真を撮らないこと、を要求されているのだと思い、そうした。

 私はスタッフの後ろから見ていたのだし、写真も俳優さんの顔を撮らないように注意していたのでちょっと心外という部分もあった。
 俳優さんにとって自分の顔(肖像権)は最も有力な商品であるから、これを勝手に撮影することは窃盗(肖像権の侵害)に当たる。そんなことは知っているし、私はマナーを重んじる男だから一般の人の顔ですらできるだけ写真に写らないように気をつけているのだ。

 しかし、それを説明する韓国語力も英語力も私には持ち合わせがない。仕方がない。

 撮影はそれから5分間ほど続いたが、休憩なのかもう少し打ち合わせが必要なのか、一旦終了した。

 件の男の人がまた近づいてきて、「もういいですよ。サンキュー。」と英語で言った。

喧嘩してる場合じゃない

 何せ私はこの格好である。

 最初は田舎のお上りさんの韓国人と思われ、韓国語が通じないので中国人のお上りさんと思われたのだろう。
 いずれにせよ人口1000人の街から人口1000万人の大都会に観光に来ているのだからお上りさんであることは間違いないが、我々は日本人のお上りさんなのである。

 日本語を喋れる人がこの場にいたらいいのになあ、と思った。

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 歩道橋の上に上がるとまだ撮影が続くらしかったが、知らない俳優さんだったし、5分も見ていると飽きたのでその場を離れることにした。
 妻が大ファンのコン・ユさんの撮影だったら私たちは空港鉄道に乗り遅れていたに違いない。

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 歩道橋から見た旧ソウル駅の偉容である。
 この建物が旧総督府の建物のようなメに遭いませんように。「良いものは良い」「あれとこれは別」という、どちらかといえば日本人以上に韓国人の持っている大陸的な合理性を早く両国民が取り戻してほしいと願うばかりである。

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 かつてはソウルにしかなかったこうした風景も、今は韓国の津々浦々で見られる。

 私は韓国人にもっと自分たちに自信を持ってほしい。
 あなたたちの作ったこの国は、植民地時代の名残が言葉や街並みに少しくらい残っていたからといって、揺るぐことはありませんよ、と言いたい。

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 ソウル駅に戻って「切符がない!騒動」が繰り広げられた後、私達は一路仁川空港へ。
 仁川の遠浅の海を眺めながら韓国に名残を告げる。

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 仁川空港第一ターミナル駅に着いて、改札を抜けると、もう搭乗口である。

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と、言いたいところだが、ここからがとんでもなく遠い。奥の方に霞が掛かっているほど遠い(大袈裟)。

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 しかも、ロビーに着いたら手荷物検査である。

 いくらソウル駅で搭乗手続きと出国審査ができると言っても、これだけは飛行機に乗り込む空港でしかできない。
 しかし、事前に出国審査が済んでいる人は並ぶところが別なので検査はかなり速い。

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 何と、ゲートに辿り着いたのはもう搭乗時間の5分前だった。
 予約した列車の時間が遅すぎたのだ。少しでもトラブルがあったら乗り遅れるところだった。危ない危ない。



 程なく離陸。

 さようなら韓国。また小銭貯金の貯まるその日まで。

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 飛行機の窓から名残惜しく眼下の海を見ているうちに私はふとある疑問に捕らわれた。
 しかし、その疑問に答えるだけの考えが浮かばないので黙っていた。

 すると、妻が、私の抱いている疑問と全く同じ質問をしてきた。

 「ねえ、こんなに島の多い所って韓国にあったっけ? 全羅南道あたり? まだ長崎とか見えないよね。」
 こうなればこの疑問に全力で取り組まないわけにはいけない。
 私は刮目してその島々を見た。
 島々の正体はすぐ判明した。

 「あれ、雲の影だよ。海面に雲の影が映ってるんだ。」

 私たち夫婦は2人で半人前、ということがまた証明されたのであった。