市場は続くよどこまでも

 やはりそうだった。

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 鮮魚センターを中心とする一角がチャガルチ市場の全てであるという私達の認識は全くの誤りだったのだ。

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 行けども行けども魚市場。

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 これは昨日「韓国で一番長いのではないか」という印象を持った釜田市場より長いかもしれない。

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 これも後で分かったのだが私たちがチャガルチ市場の中心地だと思っていたビルのあるエリアは、もう南浦市場と隣接している端っこの方だったのだ。
 これだけ大きい「刺身センター」があるのだから中心地といえなくもないが。 

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 私は端の端の端まで行くつもりだったのだが、随分歩いて私も妻も足が限界になってきたので、そろそろ引き返すことにした。

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 全くのところ私達夫婦の足腰の弱り方といえば尋常ではない。大体地方の小さな市場を端から端まで行って帰って来ると完全に限界である。ましてや釜田やチャガルチのような巨大市場であれば興味に惹かれて最果てまで行ってしまうまでに自制心が蘇らなければえらいことになる。

 ここは例のホテルでの「惰眠」必至である。

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 もう一回来ようチャガルチ市場。でも、釜田市場も楽しかった。

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 よし、ファンテ(寒干明太子)の値段でどちらに行くか決めよう。

 実は帰国してからヘムルタン(海鮮鍋)を作るのに釜田市場で買ったファンテの頭を使ったところ、素敵にうまかっのだ。

 私達夫婦には韓国旅行中の暗黙の了解がある。
 私は市場などの街中を歩く時、前回の挿絵で描いたような大きいリュックサックを背負っている。前回のはストーリーの展開上兵隊の背嚢のような形になっているが勿論フィクションである。

 商店街を歩く間、私の気紛れで買った物や、妻の買った物は、私のリュックに入れることになっているのだ。
 そうするとき、私は妻の背に合わせて膝を屈してリュックのファスナーが妻の胸の付近に来るようにし,妻はそこに買った物を入れるようにしている。
  私たち夫婦には大きな身長差があるから自然とそうなるのだ。
 
 ところがファンテを買った時、妻は散々歩かされて機嫌が悪かったのか、はたまたファンテが余りにも堂々とした体躯だったのか、「これ、リュックに入らんから折っていい?」と言うや否や、私の返事も待たずに首から「バキーッ! 」と折ってしまったのだ。
 何せ私は妻に背を向けて膝を屈している最中だから、「良い」も「悪い」も意思表示をする暇もないのは言うまでもない。

 私はかつて仁川に行った時、とても誠実なアジュンマと会った。
 その時の彼女とのやりとりの媒介がファンテ(トンテ)だったのである。私にはファンテとトンテの違いは正直いって分からないが。

 何にせよ私にとってファンテもしくはトンテ、つまりスケトウダラの干物は特別な意味のある食物である。

 背中越しにファンテの首の「ボキーッ!」という音を聞いた私は一瞬だけだが「あ、勿体ない」という気持ちと共に何か大切な追憶が壊れてしまったような気がしたのだが、これは何時もの私の「大袈裟」に過ぎず、リュックからスケトウダラの頭が出たままで大都会の街中を歩くことの不利益の方がずっと大きいのだから、妻のこうした行為は私に対する限りない愛の表れであることはいうまでもない。

 そうだ、思い出の、私にとっては特別な意味のあるファンテ(トンテ)、この、韓国人にとっても馴染みのある生活に溶け込んだ食品の値段で今度どちらの市場を訪れるか決めよう。
 って、訪れないとどちらが安いか分からないよな。
 阿呆の見本である。

 チャガルチ市場のほぼ端まで行って(これも本当かどうか怪しいものだ)、駅まで引き返す道の途中に、以前はなかったオデン(オムク)の店ができていた。

 ここで如何にも「土産物」という感じのオデンを買う。

 仕方がない。きちんとパッケージングされていないものは税関を通らないからだ。

 次回は日韓のオデンについての考察である。