我が民族は我慢強い

 1月1日は帰国の日である。

 いつもながら帰りたくない。

 妻も10分おきぐらいに「あーあ、帰りたくなーい!」と言っている。

 よほど今日の船便をキャンセルして、ホテルの滞在を延長して、と思うのだが、もはや路銀も尽きた。予定の倍くらいの金を使っている。

 仕方がないのでボチボチ港に向かう。

 最早自分では持ち上げられないくらいにスーツケースが重いので、タクシーを呼ぶ。
 タクシーの運転技師さんも私の荷物をトランクに入れようとして「ウッ」となった。私と2人で持ち上げて入れる。

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 タクシーは10分もかかるかかからないかのうちに釜山港に着いた(早口で言ってみてください)。

 通常私達の乗る「笑ってトンへ号(仮名)」は夕方釜山港出発で船中泊して翌朝博多港着なのだが、この日だけは臨時便で昼出発の夕方着なのだ。まだ乗船までは2時間近くある。

 妻が帰りは個室がいいというので、受付にその旨申し出る。こういう混み入った話は日本語の方が良いと思って話しかけると、私達より余程綺麗な日本語が帰ってきた。
 私は日本語の読み書きは苦手ではないが、共通語のアクセントやイントネーションは苦手なのだ。

 出国手続きに向かうと、まだゲートが開いておらず、何組か荷物が放置してある。そのまま最後の遊びに出かけているのだろう。
 この辺りは日本人と韓国人は互いに無防備すぎる気がする。

 どこの国にも悪い奴はいるのだ。

 嫌な目に遭って相手に対する感情を悪くするより、用心すべきところは用心して酷い目に遭わないようにした方が良い。

 何度も書いてしつこいが、私は東京の山手線でスリ集団をたまたま目撃して以来、財布は必ずボタンの付いたポケットにしか入れない。
 全てのポケットにファスナーの付いた「オルシンズボン(妻の命名)」を韓国で買ったのも、こうした犯罪から身を守るという意味もある。
 同じ理由で、私達夫婦はトイレなどに行く時も必ず1人は荷物の番をする。

 せっかくの旅行を台無しにしないためだ。

 時間が来て、遊びに行っていた人達も帰ってきて、ゲートに入る。出国手続きと手荷物検査が無事に済み、今度は搭乗口に並ぶ。

 私達の前の家族連れはまた全員居なくなった。今度は免税店で買い物をするのだろう。
 いつも思うが船で海峡を行き来している人には「豪の者」が多い。

 一つ気になったのは、搭乗口に私たちが乗るはずの「笑ってトンヘ号」についての何らの掲示もないことだ。
 高速船の「ビートルズ(仮名)」については張り紙がしてあるし、「コッピ(仮名)」は掲示板が設置してあって運行時刻が確認できる。

 私達と同じ疑問を持った人は列の中にもいたようで、「ここよね?」とか、「ここでいいのよね?」とかいう囁き声が聞こえてくる。

 そのうちに疑問は不安に変化したのか、「本当にここでいいの?」とか「間違ってないよね?」といった声が聞こえてくるようになった。

 最初にこの便を予約した時、確認書が間違って?夕方になっていたのだ。本当に昼の便なのだろうか。

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 乗船開始時間の5分くらい前になっても係員らしき人も現れず、扉も閉まったままだったので、皆の(実は私たちだけだったかもしれないが)不安が高まってきた頃、先頭に荷物を置いていなくなっていた家族が戻ってきた。この旅慣れた感じの人たちが全く動揺せずに待っているので、少し安心した。

 ところが、乗船開始時間になっても係員は現れない。扉も閉まったままである。

 しかも、先頭の家族の奥さんらしい人が「ねえ、ここでいいのよね。何も書いてないけど。」とご主人らしい人に話しかけるではないか。
 ご主人の答えは。「さあ?入口らしいのはここしかないから並んだんだけど?」だったので、行列の人々の不安はピークに達した(のは私だけだったかもしれない)。

 その時、職員らしき制服を着たアジュンマ(おばちゃん)の3人組が現れた。
 皆が一斉に注目する。
 しかし、彼女たちは何か喋くりながら自動ドアを手で開けて中に入っていった。乗船の係員ではなかったのだ。
  
 もう乗船開始時間はとっくに過ぎている。いくらなんでも遅い。

 また職員らしき制服を着た人が現れたので「トンヘ号の乗船口はここで合ってますか?」と尋ねると、「合ってます」との返事。
 一安心の筈なのだが何せ私の韓国語なので今一つ確信にまでは至らない。
 妻が「どうだって?」と聞いてくるので内心の不安を押し殺して「ここで合ってるって。」と答える。

 もはや妄想は乗船券の取り直しとホテルの延長まで行った頃、突然自動ドアが開いて扉の向こう側に係員が現れた。
 一同にホッとした雰囲気が流れる。もう出航30分前である。

 言葉が苦手というのはこういうイレギュラーなときに困る。もともと臨時便の上に乗船開始が遅れたのだ。手書きのハングルでも良いから1枚掲示が欲しかった。

 ところが、この時間になってやっと手荷物検査を通って乗船口に駆けて来る人達もいたのだから良い度胸というほかはない。本当に釜山旅行をする日本人は「剛の者」が多い。

 何はともあれ、無事乗船。
 程なく出航した。

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 さようなら、釜山。

 人情の厚い人々に逢いにまた来よう。