かつては焼肉と白菜キムチくらいしか知られていなかった韓国料理も、現在は日本の津々浦々まで多彩な料理が食べられるようになった。
カルビやビビンバなど今や日本語である。
コムタン、カルビタン、ソルロンタン、サムゲタンなどの汁物や、カルビ、テジカルビ、タッカルビ、サムギョプサルなどの焼肉類、冷麺やビビン冷麺などの麺類 、オイキムチやカクトゥギなどの漬物類などなど、一時のブームを越えて、今や日本の食卓に定着しつつある。
ところが、そうした中でほとんどの日本人が「は? 何、それ?」というくらいに知られていない韓国料理がある。
それが「ククス」類である。
韓国人はククスをよく食べる(と思う)。
実際に旅行に行ってみると、あちこちにククスの専門店があって、老若男女の韓国人たちで大入り満員である。
私がよく見る韓国の番組に「キムヨンチョルの街頭散歩(仮名)」というのがあって、韓国の国民的俳優が韓国の巷間を訪ね歩くのが趣旨なので当然その中には食堂も含まれるのだが、この俳優さんが大好きでよく口にするのがククスなのである。韓国で「麺好き」というと、その相当部分の人が「ククス好き」を指すようだ。
事程左様に韓国人から愛されているククスだが、日本ではほとんど知られていない。
これはククスの何たるかが日本人には分かりにくいからのようだ。
「冷麺とどう違うのか」「素麺とどう違うのか」「冷や麦とどう違うのか」「饂飩とどう違うのか」と聞かれた時、私は正確に答える自信がない。
ククスは元々麺類という意味らしいからその解釈に従えば冷麺も素麺も冷や麦も饂飩も全てククスと呼んでよさそうだが、韓国人は少なくとも冷麺はククスと呼ばない(と思う)。
では韓国人はどんな料理をククスと呼んでいてククス屋で出てくる料理はどんなものか、といえば、温かい出汁の中に入って出てくる小麦で作った麺である(と思う)。つまり、一般に「ククス」と呼ばれているのは小麦の温麺である(と思う。自信ないけど)。
これは特に饂飩との区別が難しい気がするし、実際韓国には「ウドン」と呼ばれている料理も存在し、暖かい出汁の中に小麦の麺が入っているのでこれをククスと呼んでも差し支えなさそうだし、事実私から見るとどう考えても饂飩にしか見えないものがククスと呼ばれていたりする。
ただこれは印象に過ぎないのだが、韓国で饂飩とされている料理は鰹の出汁が思いっきり利いた日本風の出汁(また物議を醸しそうな表現だが)に太麺が入り、上に蒲鉾などの日本的な具(これも元祖論争が起こりそうだな)が乗ったもののようだ。
一方、ククスと呼ばれているものはもう少し出汁が薄い(ような気がする)。事実多くのククス屋では麺とは別に薬缶に入った出汁が出てきてこれを湯のみでお茶代わりに飲むことができるが、これは湯呑み1杯くらいなら軽く飲み干せるくらいにあっさりしている。饂飩の出汁を丼のものとは別に一杯飲めるか、というと、これは後で喉が渇いて堪らなくなるだろう。
ということで取り敢えず「ククスとは何か」については一応の解決を見た。
今後はこの結論を基に日本でもククスが普及していくに違いない(傲慢)。
ところが、ここにもう一つの「ククス問題」が勃発した。
マッククスである。
マッククスは蕎麦粉で作ったククスである。マッククスには2種類ある。冷たいスープに入れて食べるものと、赤くて辛いタレをかけて混ぜて食べるものである。
これは先ほどの「小麦の温麺」という「ククスの定理」に反しているが、普通のククスではないから「〇〇ククス」というのである。例えば冷たい豆乳で食べる麺はコングクスと呼ばれている。したがって何の問題もない(苦しい言い訳)。
問題はマッククスの性質である。
「蕎麦粉で作り、冷たいスープで食べるものと、赤くて辛いタレをかけて混ぜるものがある」。この料理、どこかで聞いたことがないだろうか。
そう、冷麺である。
冷麺は蕎麦粉で作り、冷たいスープで食べるムル冷麺と赤くて辛いタレをかけて混ぜるビビン冷麺がある。
マッククスは先年オリンピックが行われた平昌のある江原道の名物らしく、ムル冷麺の本場である平壌やビビン冷麺の本場である咸興と同様韓国の北部の料理である。
マッククスと冷麺はどう違うのか。
この問題を解決するべく、マッククスを作って試食してみた。最初にTVで見たのが野菜がものすごく沢山入ったビビンマッククスで、とても美味そうだったので、こちらを作ることにした。ムルマッククス(というのか知らないが)はまた後日。
以下、レシピである。
[材料]
1.マッククスの麺。これは韓国食品の専門店ですら売っていないことがあるが、気長に探してほしい。蕎麦粉100%で出来たものが本物らしい。私達夫婦は蕎麦麺と嚥下能力の相性がよくないので、前もって半分の長さに切っておく。もちろん本場風に器に盛ってから切っても良い。また、夏場で食欲が減退しているし、野菜を大量に喰うので、麺は2人で1人前である。こうすると2人分のセットが2回使える。
2.マッククスのタレ。これは麺とセットでないと入手困難なので、自分で作ってもいいが、ビビン冷麺のタレで代用するという方法もある(ますます冷麺との区別がつきにくくなるだろ)。
3.錦糸卵。これは市販のものでなく、自分で作った方が絶対に美味い。中華鍋に薄く油を引いてかき混ぜた卵を入れ、鍋をぐーりぐーりと回すと薄くて丸い1枚ものの卵焼きができるから、これをまな板にポンと裏返して千切りにすればいい。3分もかからない。
4.ポッサム(煮豚)。ラーメン用の焼き豚でもいいが、自分で作ると美味さ倍増である。詳しい作り方は
河童簡単韓国料理17-さっぱりポッサム-(いやしんぼ103)
を参照してほしいが、簡単におさらいしておくと、豚バラか豚肩の塊を生姜と葱と大蒜を入れた水で煮たものである。圧力鍋を使うと20分くらいで出来る。これを千切りにする。どうも年齢や夏バテで豚の脂はどうも、という人はしゃぶしゃぶ用の豚を茹でて短冊切りにしてもいい。5.南関揚げ。これが入るとWell肉桂風になる。丸まま1枚を出汁で茹で、千切りにしておく。
6.そのときその場にある野菜。基本的にマッククスを食べるのは夏だから夏野菜が中心になる。胡瓜、トマト、人参、キャベツ、チマサンチュ、大根、カイワレ、ベビーリーフなどなど。ただ、紫蘇(大葉)は日本人がマッククスを美味しくいただくために欠かせない気がする。韓国人だとエゴマの葉ということになるのだろうが。また、モヤシを使う時は生でなくナムルにした方がよい。
下拵えした具である。
[作り方]
1.麺をたっぷりのお湯で茹でる。茹で時間は製麺会社の指示に従う。
2.麺を笊に開け、冷水に晒す。ムル麺と違い、ビビンマッククスはあまりキンキンに冷やさない方が美味しいような気がする。
3.麺を器に盛り、タレをかける。
このとき写真のように具を器に並べると見栄えは良いが、Well肉桂風はドカッと野菜を使うので、混ぜにくい。
したがって夫婦二人の気取らない食事のときは具を別にしておく。
混ぜてしまえば同じである。
私は正直生野菜があまり好きではなく、いろいろなドレッシングを試してみても今一つ満足できない。だから外食の定食などでサラダを残そうとして妻に叱られ、涙目で無理やり口に押し込むこともしばしばなのだ。
しかし、これは喰える。韓国風の大きな丼一杯くらいペロリである。多分これ以外の料理でこれだけの生野菜を食べるというのは無理だ。野菜中心の食生活に変えたい方はこの料理がその一助になるだろう。
もともとビビン麺のタレは相当な辛さである。あの世界一辛い「地獄麺(仮名)」やタッパルほどではないにしろ、辛さが苦手な人には敬遠されるだろう。しかし、野菜を大量に入れることで「ちょっと辛いかな」くらいの味になる。辛いのが苦手な人はビビン麺に大量に野菜を入れるこのWell肉桂風(僭称。本当は本場のものも大量に入れます)をお勧めする。
ただ、肝心のマッククスと冷麺の違いについては、「どう違うんだろ」というのが正直な感想である。「どちらも美味い」としか言いようがない。