みなさん、こんにちは。
ベイビーエンターテイメントがどうやって創られたのか?
また、女体拷問研究所の誕生秘話。
そして、映画『子宮に捧げる愛の詩』が製作される事を示唆しているようなインタビュー記事です。

よろしければご覧下さい。

三和出版株式会社様発行
【SANWA MOOK 女体拷問研究所】より
総合プロデューサー Koolong インタビュー



私はずっとベイビーさんの作品の大ファンで、まだジャケットがカラーコピーだった時代から購入していたのですが、最初にベイビーを立ち上げるキッカケみたいなものは何だったんでしょうか?

「最初は出会い系のビジネスをやっていて、そんなつながりでナンパハメ撮りビデオの販売を始めたことがきっかけです。要するにベイビーの前身は“ナンパハメ撮りビデオ”だったわけです」

それはどのくらい前のことですか?

「だいたい15、6年前ですね。元々自分がAV制作に携わるなんて思っても見なかったんですけど。自分の本質として小さな頃からずっと女性という存在を追い求めていた気がします。多分、男は皆そうでしょう?常日頃、頭の中で考えていることは女性のことばかり。その思考回路のまんま始めたのがまずは出会い系だったんですよ」

アダルトビデオに飛び込んだのは?

「当時、投稿モノの雑誌がすごく流行ったこ とがあったんですよね。そこである出版社からの持ち込み企画で始めたのが先ほどお話しした“ナンパハメ撮りビデオ”だったんです。ハメ撮り四天王って呼ば れてる有名な男たちが撮った、それはそれはレアで生々しいハメ撮りモノを扱ったのが最初です。そこで、インディーズモノに力を入れていた流通の人たちなど との出会いを通して、どんどん作品に傾倒していったわけなんですが、当時はビデオのことなんてまったくわからなかったんです。でも、ただのハメ撮りではな くて、僕が大好きだったアートビデオさんのようなSMものの要素も入れたいと。そうしてできた作品が『素人娘改造計画』でした」



『素人娘改造計画』とはどんな作品なのですか?

「コ ンセプトはナンパしてきた女の子をSMっぽく責めるというものでした。実は僕、映像に関しては素人だったんですけど、ある人間が撮ってきたものなどをセー ルスプロデュースしていく事がもっとも得意だったんですよ。どのようなパッケージでどんなキャッチで打ち出していくか。僕が担当したのはソコだったんです ね」


あのカラーコピーのパッケージとかを担当なさってたんですか?

「そうです、そうです。当時はほとんど僕一人でやってました。ビデオプリンターで10分くらいで50枚くらいプリントアウトして、裁断して貼付けてっていう作業も全部自分一人でやってたんですよ。そのうちパソコンのソフトなんかも使うようになって(笑)」



すごいですね〜。あのパッケージデザインは今でも印象に残ってます。でも慣れないことばかりで大変だったんじゃないですか?

「いや、やはり好きなことはというか、ここに全精力を傾けるんだって決めてたので、すごく頑張れたんですよね。サラリーマン時代からは考えられないほど働いてましたね」


当初、業界にはどんなイメージを持ちましたか?

「た またまかもしれませんが、当時僕が知り合った業界の男優さん(?)のあまりの下手さに驚きました。業界の人たちって女性の触り方、愛し方を知ってるのか な?って言いたくなるぐらい。当時、他のAVを見ていて加藤鷹さんとかは、すごく上手い人だなぁと認識していましたし、たまに贅沢に佐川銀次さんみたいな 大御所に手伝って頂いたときなんかはさすが!と思いましたが、名前のない男優さんとかは軒並みダメでしたね。だから、当初はほとんど業界の方たちとは一緒 にやらずに仲間うち(業界素人)だけで運営していました。それこそ、お付き合いさせて頂いたのは、ばば☆ザ☆ばびぃ監督くらいでした」


ずっと気になっていたことだったんですが、ベイビーで良く起用される監督さんの作品を別のメーカーで観ると、全然違う作品になってたりすることが多々あるんですが、これはやはりKoolong氏の影響が作品に色濃く影響されているからなのでしょうか?

「簡 単に言ってしまえば、商品を作るのか作品を作るのかっていうところが大事なんです。商品を作るのは頭の中の構文をそのまま表現すればいいんですね。つまり コンピーュターでも可能です。しかし、心ある作品を創ろうとすれば、そこにはたくさんの人間の想いが関わってくる。そして、それは化学反応を起こします。
例 えば、野球で言えば、どんなにスゴいピッチャーだって、チームが変わってスタッフが変われば全然活躍できなかったりするじゃないですか。それと同じよう に、AV監督もプロデューサーなどのスタッフが変われば作品の内容も変わるでしょう。もちろん逆に言えば、僕だけで作ってるわけではなく、監督と僕がぶつ かり合う事によって作品ができるわけですから、何かが欠けたらそれは、別の作品になるんですね。つまり、ベイビーエンターテインメントの作品というのは僕 やスタッフたちの化学反応なんですよ。もっと言えばここにベイビーのユーザーの想いも重なってくる。だから他メーカーで同じようなモノ撮ってもまるで別物 になる。」



そういえば、くすぐりで有名な松下一夫監督も起用なさってましたね。どういった経緯で松下氏と共に作品を作ったのでしょうか?

「自 分をエロの世界に誘ってくれるものって人それぞれですよね。僕が触発されたのは三和出版さんのSM雑誌、アートビデオさん、松下一夫氏だったんですよ。最 初はくすぐりなんてベイビーらしくないって思ってたんですけど、編集していくうちに、これってスゴいベイビーらしいねって話になって。やっぱり松下監督は 僕をエロに誘ってくれたうちの一人なわけです」


なるほど。しかし、やはりベイビーさんの作品って当時から完全なドキュメントではないのにも関わらず圧倒的なリアリティがあると感じているのですが……。

「それはやはり業界ずれしてなかったのが大きいでしょう。仕事として商品を仕上げようなんてこれっぽっちも考えませんでしたから。だから自分の人生環境で男としてのリアルな感覚、欲望をそのまま表した当時の作品はリアリティが良く出ていたと思いますね」


これもひとつのコンセプトのように捉えられがちなのですが、女性を責め抜くのがベイビーという観点は根底にあるんでしょうか?

「そ れはこれからのベイビーエンターテインメントの歴史の中で、変化してくると思います。というのも、実は男性はアダルトビデオを見てオナニーするとき、腰を 動かしてはいないんですよ。動かしているのは手だけなんです。これが何を意味しているのかっていうと、実は女性の中に入れている男の気持ちになってるん じゃなくて、無意識に入れられてる女の気持ちになっている。
ある意味、射精のキモチ良さなんか簡単に想像できる範疇なわけです。いつもオナニーして知ってるのですから。だからその気持ちよさの範疇だと必ず飽きがく るハズなんです。一瞬で終わるんですからね。ピュッ!って。だから、本当はもっと別に求めていることがあるんですよ、自分たち男は。それを考えれば、結局 凌辱っていうのはただの入り込みやすい形式であって、本当に観たいものは“女ってどんだけよ?”です。僕が本当に表現すべきだと考えているのは女のスゴ さ、だと私は確信してるんです。凌辱というのは目的ではなく、単なる手法なんですね。女の凄さにたどり着きたいがために僕らはたまたま、ヤメテ!ダメダ メ、許して、でも…、ああ〜!となる構図を採用しているわけです」


なるほど。だから、ある意味で責める立場の男性が、凌辱されている女性に奉仕しているという逆説的な相関関係が成り立つということですね。

「アー トビデオさんなどの作品を見てるとわかると思うんですけど、だんだん責めてる男サイドが奉仕する奴隷に見えてくるんですよ。女の子はギャー、ヤメテーなん て叫んでる。でも、これはある意味でジェットコースターに乗って絶叫しているのと同じなわけです。むしろ責めてる男性の方が一生懸命ですよ。額に汗かい て。SとMという正しい構図はそういうことなんだと思います。もっと言えば本来の男女の構図がそうなんでしょう。本当にイヤがってる女の子を、ただ自分が 興奮するからとイジメ続けるのはただの人格破綻者ですからね」


たしかに。過去に私がファンとして憤慨したことがあったんですが、ベイビーの作品がバッキーと同じカテゴリに並んでいたことがあって。これは全然違うじゃないかと。

「こ れはある意味で我々が背負うリスクなんですね。本質は違えど、表面的にはこんな作品、観てはいけないんじゃないかと思われかねないですよ。だって『女体拷 問研究所!』ですよ。こいつら、何を考えてるのかと。普通は憤りますよ。僕が違う世界にいて、それで客観的にこんなビデオ作っているメーカーがあるて知っ たら怒ると思います。今思えば非道いタイトルですよね?女体拷問研究所って。でもその当時に打ったひとつの戦法であり、まだまだ無名だったベイビーエン ターテインメントのアナウンス効果を揚げる一つの手法として使ったんです。
でも、じょじょに社会に溶け込んでいかないといけない。僕らはニッチですが、その池にどっぷりではいけないと思ってます。本当に伝えたいことがあるなら、もっと分かり易くなければいけない。僕はそう考えています」



女体拷問研究所シリーズはシリーズを通して非常に上手くまとまっている印象があります。このシリーズのシナリオはやはりKoolong氏が手がけたのでしょうか?

「そ うですね。アイデアの基になったのは青春時代の女性に対する男のコンプレックスです。この鬱屈したコンプレックスを抱えたまま大人になった人間たちが作り 上げた組織が女体拷問研究所なんですよ。とにかく女をイカせまくって、イカせまくればモノにできるだろうっていう考えの基に集まった組織なわけです。そし て、どんどんテクニカルな面で他の追随を許さないほどになっていく。そしてこのトンでもない犯罪集団が次第に社会問題になったときに、女捜査官が挑戦して くるわけです。そしてその女捜査官をイカせまくってイヤってほどの返り討ちにする。挙げ句、やつらに輪姦されたこの女捜査官が振り絞るような声で言うんで す。『こんなもんで女が自由になると思うなよ』って。これには軍団も顔を引きつらせた訳です。ということは、ひたすら女をイカせまくることを追求し、やっ つけた!と思った女体拷問研究所、実は女の本当の強さを目の当たりにするハメになったわけです。女の凄さを知るにつけ、自分たちの弱さを知ったと。なので 『女体拷問研究所』という作品は“本当は弱いのだけれど、強くなくてはいけない自分たち男に対する応援歌”なんですよ。女の凄まじいイキ様を見てまず沈 黙…。で、俺たち男よ頑張ろうぜ!とね。これテロップに入れたら『とぼけたこと言ってんなよ!』とユーザーさんにお叱りを受けましたけどね。まあ、ある意 味もっともなお叱りかと…。そんな訳わかんないこと言ってAV創っている人いませんものね?で…、しつこいようですが『女体拷問研究所』の本当のテーマっ て、実はスターウォーズで言うところのダースベイダーの話だっちゅわけです…。」


…………。 言われてみれば、たしかにその通りですね。女性をイカセるという行為っていうのは実に奥が深いんですね。

「で もね、意外に女の子をパニクらせる構図って単純なんですよ。女の子が普段の雑なプレイで感じている快楽の先にある子宮の感性(ある意味、母性)を認知する と、通常の気持ちよさと違うトランス状態に突入するという図式です。例えば、クリでいく。これは単純な慣れなんです。これは頭が信号を送って、慣れでイッ てるものなんですよ。これはフェイクのトビラって呼んでるんですけど。本当のトビラっていうのは、子宮の動きのことなんです。ここにポルチオ決めたりする と、スゴいことが起こるわけなんですけどね。でもそこまでをわかりやすく表現できた作品はなかなかないのが実情なんです。」


どうすれば女性はそのような状態になるのですか?

「ちょっ と回りくどい言い方をすれば、責める(愛撫する)男側を漫才師に例えると、女性側は観客ですよね。だから『ねえ、気持ちいい?』って聞くのってすごく可笑 しな話なんですよ。どう?どう?面白い?俺のギャグ笑える?って漫才師が懸命に観客に聞くようなものですよね。これってすごく滑稽な話です。
つま り、これは漫才をする側、つまりエネルギーを発する側のコミュニケーション能力の問題なんですよ。それに自信がないと『ねえ、気持ちいい?』となるんで す。このライブが上手くいくと、会場がどっと揺れるようにものすごく子宮が反応するんです。男って女が反応してくれない事に無意識に恐怖を感じるようで、 その自信のなさがつまんない女体愛撫になります。ベイビーにおいてはメインの責め手でもある、ばば☆ザ☆ばびぃ始め、坂本鳴緒にはそのあせりや迷いが画面 を通しても全くみられません。そこがベイビーの強さです。とにかく心を込めて自信を持って、そして男をかけて触りにいくのです。そうするとライブ会場(女 体)が揺れ始め、うまく行けば総立ちになり、最高の栄誉はスタンディングオベーションでしょう?女体のね。また、実はAV女優さんというというのは、大切 なモノを扉を閉めて守りながらカラダを開いている場合も多いので、男優やスタッフにかかるプレッシャーは相当なもんですね。 さらに、彼女たちは、そのト ビラを開こうとすると、恐怖を抱いてしまう事もあります。だから女体が揺れまくるライブなんてなかなか難しい話なんですよね。
まずは誠実に接する ことによる信頼関係です。それがないとライブ会場である女体が総立ちになる、すなわち見ていて感動するぐらいのイキ様を女性が見せてくれることはありえま せん。ある意味で制作側の人間力の問題ですよ。僕たちは女性に信頼を寄せてもらえるような男に成長していかなければなりません。」



では女体拷問研究所などのようにドキュメンタリー部分にストーリーをつけるという手法も、何らかの関連があるんでしょうか?

「そ うですね。それは最終的に女体の反応を撮りたいのではなくて人間を撮りたいのでそうしています。ただ、女体のイキ反応ばかり表現していると、それは動物的 生体反応になりかねない。確かに上手く創れば女体の反応だけでも様々なドラマを表現することは可能でしょう。ただ、あのままドキュメンタリーで撮り続けて たら行き詰まっていたと思います。人間としてのストーリーがあるからこそ、単なる生体反応にとどまらない」


人間としての女性の反応ということですね。そういう意味では、女性の顔なんかもベイビー作品では特徴的だと思います。すべてが終わった後の女性の表情などは実に幸福そうですよね。

「あ あ、なるほど。それは多分、女優さんに母性が出現した状態のことでしょう。例えばさんざんダメーって言ってるのに、最後の絡み(セックス)ではまるで男の ことを逆に抱き締めるような体位になっている場合があります。その状態が母性出現ですよ。それこそが本当にヤバい状態に突入した状態です。本当の子宮のト ビラを開くと、女性には母性が出現するんです!あの〜…、別に宗教の類じゃないですからね…。」


ものすごく良くわかります。ずっとベイビー作品で気になっていた謎が解決していった気がします。ところで、今、業界において、ベイビーの類似作品が濫発しているわけですが、そのことに関してはどうお考えですか?

「今 ないでしょ?それにもう一ジャンルとして確立されたので類似も何もないでしょう。でも、もともと何かを創りだすっていうことは、最初、模倣からですよ。僕 もはっきり言って“松下一夫”や“アートビデオ”なんかにかなり影響を受けていたわけです。作品を作ってる人間が得てして何かを模倣するのは当然のこと。 ただ、ひとつだけ言えるのは、これを商品として模倣すると悲惨なことになる。たとえば、ポルチオっていう言葉が一時期流行りましたよね。でも、子宮をブッ 壊せ!っていうコピーを使ったメーカーがあったんですよ。これは、真逆なんですよ。商品として粗利製造しようとするからこんな誤った表現をしてしまう。生 命の誕生を司る子宮を活性化させるのがポルチオ性感だから、ブッ壊せなんてふざけるなですよ。AVをただの商品として製造しようとするとそこに携わった 人、女優さん、ユーザーさん、みんなが知らないうちに病みます!」


つまり、製品模倣したものとは本質的な部分での食い違いがあるということですね。

「そ うですね。それは私たちが利用する拷問器具でも同じことが言えます。ウチでよく使うファッキングマシーンを創ったのはトム・キャットというプロデューサー です。彼、実はオナベさんなんですよ。つまり性別は女性として誕生したのだが現在は立派な男です。しかし、彼は神様のイタズラで男性器を持って生まれな かった男なんです。本当は自分のいきり立った性器で大好きな女の子を愛したかった。そういう想いを込めて製作されたのがファッキングマシーンなんです。だ から、ファッキングマシーンも女性をやっつけるものではなく、愛するためのツールです。その辺はよく誤解される部分ではあるんですが」


なるほど。そういう類似作品が次々と出るのはあまり歓迎するべきではないと思うのですが?

「で も、そういうパクリっていうのは目くじら立てるほどのことでもないですよね。実はユーザーさんって後から厳しいほどその辺を正しく評価するものです。ただ し勘違いされやすい手法でバラまいてしまったのも我々なので、責任はありますよね。だから、本物を作っていかなければならないという自負も感じています ね」


では、最後になりましたが、Koolong氏がこれからもっとも表現したいものとは?

「先ほども言いましたが、やはり女のスゴさです。そして、それは物差しで測れるような、限界のあるものではないことを証明していきます。」