積極的平和主義

私は平和主義者だが、日本が交戦権も軍備も放棄し丸裸であれば戦争が起きず、世界平和が達成されるとは思わない。反戦平和教育根強い沖縄に生まれた立場から平和を考える。

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普天間飛行場の辺野古移設の賛否が一番の焦点となるであろう来月11月16日投開票の沖縄県知事選

現職の仲井眞弘多沖縄県知事は、辺野古移設による普天間飛行場の危険性の除去や、毎年約3,000億円(向こう10年間政府から沖縄に下りる)の一括交付金を活かした沖縄の発展を掲げ、立候補している。

翁長雄志氏(元那覇市長)は、「オール沖縄で新基地反対を!」と訴えて立候補している。

辺野古移設に反対する人の票は翁長雄志氏に集中するかに思われたが、ミュージシャンで元参議院議員(民主党)の喜納昌吉氏も立候補した。喜納氏は、「辺野古移設を阻止するためには、法廷闘争等の具体策を取らないといけないが、翁長氏は辺野古移設阻止への具体的策は何も挙げておらず、翁長氏は、『辺野古移設反対』、『新基地建設阻止』を本気で実現する気はないのではないか?」と翁長氏の姿勢を批判して自ら立候補した。

ある意味、「筋の通った反対派」だ。
喜納昌吉氏

さて、その喜納昌吉氏であるが、「すべての武器を楽器に」という同氏のスローガンを聴いたことがある人も多いだろう。沖縄県内では時々、そのポスター等も目にする。

武器を楽器に、ということで、簡単に言えば、理想主義者である。もっとハッキリ批判すれば、現実の国際政治の前に「お花畑」的脳をしていると言える。 「サヨク」と呼ぶ人も居るであろう。

しかし、その喜納昌吉氏であるが、同氏の対談録、文章などを見れば、「ただのサヨク」 ではないことがわかった。

『喜納昌吉と、沖縄と日本』(現代人文社)に、2004年、喜納氏が新宿でジャーナリストらと対談した際の対談録が収められている。

喜納氏は、世界の中での日本という国の使命について次の様に語る。

「世界はグローバル化が進行している。その一番顕著な例がEUの統合。憲法も調印され、外相もいる。やがて軍事共同体もできて、合衆国になる可能性がある。そうなれば、〇七年に憲法が発行されたとき、バロゾが大統領になるといわれている。そして、四億五〇〇〇万の大きな国家が台頭する。/そこで注意しなくちゃいけないのは、彼ら白人たちが進化しながら背負ってきたトラウマにアルビノ(白子)があると私は考えています。これが白人のDNAに潜むトラウマなんです。もし一般的にいわれているように人類の祖先が黒人で、そこから進化して人類が拡がっていったとするならば、いまでも黒人からアルビノ(白子)という突然変異で肌の白い子どもがまれに生まれることが科学的にも認められていますが、それが白人の始まりということになる。当然、黒人たちからは奇異な目で見られて差別を受けたでしょう。つまり白人は『色が白い』ということで人類史上一番最初に人種差別を受けた人たちなんです。そのうち『色が白い』と差別される白人たちで部落をつくるようになり、免疫力も弱いとなれば寒い地域の北へ北へと逃れていった。/おそらく、殺戮され殺戮することを繰り返し、恐怖を持つと同時に防衛本能を持つようになった。そのDNAに染み込んだ本能が白人文明をつくっているのではないかと私は考えているんです。生命を淘汰されてきた人種だからこそ、いまや誰よりも人類の淘汰を考えている。その白人精神がEUをつくっている。日本は、この白人精神の文明の隙間を埋めることができる可能性を持った、唯一の民族ではないかと思うんです。それは白人の精神を、物質主義の精神を消化した民族だから、同時に東洋のスピリチャリズムを消化した民族だからです。日本は西洋と東洋を融合させ、橋渡し役ができる唯一の民族だと思っているんです。/ぜひ日本には、担っている役割を果たせるように、勇気を持ってジャンプしてほしいと思います。」(『喜納昌吉と、沖縄と日本』現代人文社、2004、p.73) 
喜納昌吉と、沖縄と日本

「白人は黒人のアルビノ(白子)であり、差別され、排撃される様にヨーロッパに渡った。そして、その白人たちが、滅ぼされることへの恐怖心から、殺戮を繰り返し、文明を作った。」と言うような喜納氏の説だ。

これの真偽の程は不明だが、喜納氏は文明史という巨大な視野からも物を見ていることがわかり、正直私は面白いと思った。 

その上で喜納氏は、 「日本は、この白人精神の文明の隙間を埋めることができる可能性を持った、唯一の民族ではないかと思うんです。」、「日本は西洋と東洋を融合させ、橋渡し役ができる唯一の民族だと思っているんです。」としている。

「唯一の民族」という表現を二回使っている。

喜納氏は、辺野古移設に反対、また、沖縄の基地の存在そのものに否定的で、日本政府への批判どころか、「国境を取っ払え」と言うような「超サヨク」である。人によっては「気違い」という人も居るかもしれない。

だが、喜納氏は、日本(人)という「民族」には世界史的、文明史的な使命と力がある、とも本気で考えているのだ。

喜納氏は、ある意味、嫌日的な考え方を持っているが、同時に、日本という国の立場やポテンシャルを高く評価している部分もあるのではないか?

少し、「トンデモ」の匂いがしないでもないが、喜納氏が持っている様な、日本民族の世界史的立場、使命への視座、発想は大事だと思う。

ただし、これは、日本人は世界で最も優れているとか、人種的に優位だとかそういう話ではない。民族主義や選民思想とは違う。

意識の程度に差こそあれ、私たちは、日本人として生きている。「いや、私は日本人という意識はあんまり持っていない」、「今は、~~国民などという時代ではない」という意見の人もいるだろう。それはそれで構わない。

ただ、少なくとも、日本という国の中で生きている。

生きていることへの無気力や虚無感を感じ、毎日が憂鬱な人もいるだろう。自由に「価値」を選択できる時代になったが、「価値」を選びきれず、持ちきれない人も多い。「個性」が強調される様になって却って「個性」のない人が増えたことと似ている。

そんな「価値」のない時代に、「日本人は世界の人々の和合、国際平和の実現に大きな役割を果たす」かもしれないという話があれば、これは、ロマンある話だとは思わないだろうか?

喜納氏はハッキリ言ってトンデモ系の人だと色んな人から認識されているかもしれないが、その持論には、かなり大事なヒントが隠されていると思った。

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私は現在、琉球大学法文学部の4年生だ。

講師一人+学生数人でディスカッションをする「ゼミ」にも属している。

ゼミで議論される論点は、そのゼミを担当する教授の個性や研究分野次第だが、私が属するゼミでは民主主義や議会制という様な今の政治体制の基になっている「思想」や、いわゆる「沖縄問題」についても議論する。

琉球処分やその後の沖縄の近代化のことがテーマになった日のこと。

日本本土の側 は沖縄を意識の上で差別しているか、していないか、という話になった。

沖縄出身の学生も含めて何人かが、「沖縄の方も“ナイチャー”とか“ヤマトンチュー”という言葉を用いて本土出身者を差別している」と意見を述べた。

すると、そのゼミの担当の教授(N教授とする)はこう言った。

「いいか。差別というのは、根拠の無い優位意識を持つ者が他を見下すことを言うんだぜー。小さい側が大きい側を区別することは差別とは言わん。」

「本土は沖縄を差別している。でも、沖縄の側が他府県出身者を“ナイチャー”と言うのは差別ではない。」と言うのか?

私は、そんな欺瞞的な定義を本気で言ってるのか...と信じられなかった。

小さい側が大きい側に対して言った言葉であろうが、言われた側は傷つくのである。

「沖縄は差別されている~!」と主張する人がどういう思考をしているかわかりました。

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小渕優子経済産業大臣が大臣職を辞任することになった。

小渕優子大臣辞任
[産経新聞/平成26/10/19/(日)一面から借用]

2012年、小渕氏の後援会が主催する観劇会が明治座で行われたが、同年の政治資金収支報告書にその際の経費について一円の記載も無かったのだ。また、小渕氏の資金管理団体の支出にも怪しい点が多く見つかっている。小渕氏は2009年、次男を出産しているが、その時期の政治資金収支報告書には、「赤ちゃん衣服3点」、「玩具や子供服」などの記載が...それらの支出項目を「事務所費」や「組織活動費」などとしているが、政治資金を次男のための買い物に使っていると疑われても仕方がないし、おそらくそうなのだろう。

小渕優子大臣お買い物リスト
[維新の党・今井雅人衆院議員事務所作成]

民主党や維新の党などの野党から追及、批判が相次ぎ、10月20日、経済産業大臣の辞表を安倍総理に提出した。

政治資金の不正運用と見て間違いなく、ましてや大臣という要職にあるため、責任を取って辞任する他ない。かばう余地はない。

しかし、今回の件で一つ感じたことがある。主に民主党の議員たちが小渕氏を追及していたが、「民主党は自分たちで与党になって政権、国家を運営する力も魅力もないのに、人の粗(あら)探しだけは熱心で得意だな」と感じた。

私は政治家、団体を含めて他人を悪し様に言うのは好きではない。

しかし、国益や国策を論ずるべき国会で、そういったことは出来ず、ただ与党の粗探しばかりしている民主党に“小ささ”を感じた。大臣ともあろう者が不正なことをやっているわけだから、追及するのが野党の義務ではあるが、民主党は国家をリードする与党にはなれないなと思った。

日本は、政治家や大臣に少しでも問題発言や不正行為があれば、「辞任」という形で責任を取る。しかし、大臣、ましてや経済産業大臣という特に重要役職の者が簡単に辞任するようでは政策実行の安定性が損なわれ、国にとってマイナスだと思う。

政治家個人、個人の不正、多くてもせいぜい一億円程度の不正を問題にして、数千億、数十兆円という規模の国の問題を進めないというのは愚かな話ではないか。

だからこそ、政治家の先生方には政治資金についてはルールを守って欲しいものだ。

我が国は考えるべき問題がたくさんある。経済はもちろんだが、外交・安全保障がある。集団的自衛権が行使できるようになり、日本が集団安全保障、国際平和にどう関わるか、という大きな問題について国民的議論をしないといけない。今から初めておかないと、その時が来たら、あわてて議論を始め、不十分なままで自衛隊が紛争に関わることになるかもしれない。覚悟が間に合わないうちに紛争に関与することになり、対策が不十分では不必要な犠牲者が出るかもしれない。

このように国益、国策という規模の問題が山積みなのに、政治家一人ひとりの行動や進退、時々の政局にばかり大騒ぎしていては、本当に重大な国家の問題への備えが不十分になる。マスコミは、国益や国策という大きなレベルの話題を喚起しないとダメだ。

国民もマスコミも政府も野党も、小さいことでもたついてないで、本当に重要な問題について頭を向けなければならない。

政治家もマスコミもしっかりしてくれよ。

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