2006年09月16日

アップしました。

7月の中国以降の写真アップしました。そんなに多くないけど。
そのうち気が向いたら書くかもです。
読んでくれたみなさんありがとう。
駄文ですみません。
ワーホリについて何か聞きたいことある方はどこかにコメント残して頂ければ返信します。

2006年09月12日

マニラ→東京

Mに空港まで見送りにきてもらって、ついにフィリピン航空で日本へ。フィリピンに着いた時から、フィリピン人の若い女の子と日本人・欧米人の50〜60代のオッサンのカップルとかめっちゃ見てて、本当にみんな女買いに来てるんだなぁって思ったものだけど、それってお互い需要と供給が成り立ってるからそれでいいのかな?ほんと日本人のオジサンの率がやたら高いフィリピンで、なんかドローっとした裏社会を見たみたいで少し悲しくなるけど。それにしても、今日は帰国だってのにお腹の調子が悪い。今までどこを旅しても食あたりになったことはないのに、最後の最後であたったかも…。飛行機の中ではトイレがお友達でした。成田に着いて、なんか日本の全てが整然としている感じがすごい新鮮。家がないあたしは実家へ。早速父親に「さっさと家を借りて出て行きなさい」と言われるw。
って訳で無事帰国しました。「英語ペラペラでしょ?なんかしゃべって」「これからどうすんの?」って質問はしないでね♪

2006年09月11日

セブ→マニラ

昨日1日リゾートを満喫して、今日は涼しいショッピングモールでお買い物と、マッサージ。日本のセレクトショップで1〜2万円くらいしそうなかわいい洋服がこっちで1000円位で買えることを考えると、こっちで買い物しとくというのも悪くないかもしれん。普通にオイルマッサージでリラックスするつもりが、脂肪の気になるあたしは、めちゃくちゃ痛いよ、と言われたアンチ・セルライトコースを選択してしまう。パンツ1枚になってオイル塗られてうーん気持ちいい。全く痛いことはなく、普通に寝そうだったけど。でもオイル使うとどんな人がやっても絶対にそれなりに気持ちいいから、あまりテクニックとかって必要ない気がする。夕飯はフィリピン人オデッサと共にシーフードレストランに連れていってもらう。やっぱり地元の人が知ってる店というのは、安くてウマイ!ジモティばっかだもんね。ホタテとイカとシーフードスープで非常に満足した♪夜10時頃の飛行機でマニラに戻るのに、オデッサが空港まで見送りに来てくれた。お土産に買ったウベ(紫イモ)のペーストが手荷物検査でひっかかる。「次回は必ず預け荷物に入れるように」とお叱りを受ける。没収されないで良かったー。マニラではJICAのみなさんがマニラに来た時に泊まったりするというドミトリーに無断で宿泊させてもらう。超センターのデッカイ1軒家でね、セキュリティも完璧でさ、やっぱバックに国がついてるってのはすごいな、って思ったよ。みんな、ボランティアするなら青年海外協力隊だ。夜中に着いたにも関わらず今夜が最後のフィリピンなので、頑張ってMとMの彼氏Tさんと夜遊びに行く。やっぱマニラはバンコクと同じく夜の街でしょ!GOGOバーに行くはずが、GOGOボーイの方へ。バンコクで見たのとは少し違って、男の子がひとりづつパンツ1枚で、クネクネ、ステージで踊ったり客席の方へ寄って来たり。フィリピンは法律かなんかで全部脱いじゃうのはダメらしくて、限界ギリギリまでしか見せてくれなかった。頑張って限界まで見せてくれようとしてんのがおもろかったけど。街では見かけないくらいゴツメの男の子ばっかり。Tさんマジびき。まぁ今までGOGOボーイに行った男の子でひかない男の子は見たことないが笑。カップルをこんな所に連れてきてしまって、二人の間に溝が生まれたりしないかちょっと不安になる。お客さんは韓国人やフィリピン人の女の子が多かった。オカマのママさんに「気に入った子がいたらリクエストしてね、チャージタダにするから」とずっと言われてたが、疲れたので3時くらいに帰りました。

2006年09月10日

セブ

お昼ごはんにあわせて今日は日本人のほとんどの観光客がステイする、セブ島と橋でつながれたマクタン島の方へリゾートに行く。高いリゾートホテルの施設を利用するのにホントは500ペソとか払わなきゃいけなかったんだが、「レストランで食事するだけです」と言って、中に入り、1日リゾート満喫。海きれーーーい♪♪プライベートビーチだからそんなに混んでないし落ち着いてていい感じ♪海の上のレストランで水槽の中のシーフードを選んで、フィリピンの高級魚ラプラプと貝のスープをビールで乾杯。最高だねー。その後ビーチでゴロゴロしてグラビア風写真を撮ってみたりw。トロピカルカクテルを飲みながら、昨日市場で買ったマンゴーも切ってもらう。マンゴーもうまいぜ〜トローンととろけるの♪夜はMとHさんとその友人のフィリピン人と4人で屋台の焼き鳥をつまんで、レチョンという豚肉の丸焼きみたいの食べた。どれもうまい。しかし油っこい…。そしてセブで一番アツイ(はずの)サンフラワーというディスコへ。クラブではなくディスコです。中に入ると、あれ?テーブルとソファー椅子がズラーと並んでいて、大きなステージではバンドがヒットソング演奏。誰も踊ってない…。バンドの選曲には何のこだわりもないらしく、R&Bからロックまでヒット曲なら何でもアリ。時間が遅くなってくると客も増えてきて、ちょろちょろと席を立って踊り出す人もちらほら。DJタイムのあたりから盛り上がってきて、みんなステージの前で踊り出す。そこそこ踊った所で疲れてきたので退散。

セブビーチ



















ビーチ

2006年09月09日

マニラ→セブ

名前は知っててもそれがフィリピンにあると知らない人は多い、セブ島へ。セブパシフィックというエアラインでマニラの往復6000円位なんだって、国内線とはいえ、安いよねぇ。朝7時くらいにセブの空港に着くと、同じ青年海外協力隊のセブ隊員のHさんとそのお友達のフィリピーナ、オデッサが迎えに来てくれた。そして色々と観光コースを練ってくれていたらしく、朝から1日フルにセブシティを観光する。フィリピンで一番古い教会とか、ビバリーヒルズという高級住宅街の奥にある道教寺院とか市場でマンゴー買ったりとか。夜は少し前に来た新しい青年海外協力隊の方々の歓迎会飲みにお邪魔させてもらい、中国風鍋なるものを食す。2次会はちょっとオシャレなオープンバーみたいなトコ行って、久々のカクテル♪朝早くからめちゃ暑い中コレでもかというくらい動き回ったので部屋に戻って1分後に爆睡。

フィリピン名物、ジプニー。ジープを改造した乗り合いバスです。
ジプニー

2006年09月08日

トゥゲガラオ→マニラ

昼間トゥゲガラオを観光。といっても何もないので、市場をぶらぶらする程度。なんてったってフィリピン暑いんだよね…。昼間あんまり日のもとにいたくない…。夕飯はMの大家さんの家に呼ばれてフィリピン家庭料理を頂く。なんだか青年海外協力隊の先輩やら何やら色々集まって。夜行バスでまたマニラに戻る。セブ島へは飛行機なんだけど、この町からは出てないので、一旦マニラに戻らないといけないんだ。夜中1時半の休憩でフィリピン人は、あの油っこいフィリピン料理をがっつり食べている。こんなに油を摂取してればこういう体型になるのはかなり納得。ほら、日本にいるフィリピーナの出稼ぎの女の子もみんなぽっちゃりしてるでしょ、下腹部とか。

2006年09月07日

トゥゲガラオ

朝5時半にトゥゲガラオに到着。バスターミナルにMが迎えに来てくれていたが、トライシクル(バイクにサイドカーをつけた庶民の乗り物)の客引きにまみれて、感動の再会全くなしw。Mの家へ行って、とりあえず積もり積もった近況報告を1年3か月ぶりにしあう。青年海外協力隊でここに来ているMはSEなのだけど、仕事はかなり適当で、相当ゆるいらしい。午前遅くに一緒に仕事場の大学へ行き、二人でしゃべりながらネットをする。すぐにお昼になり、Mの同僚のフィリピン人たち数人とレストランにフィリピン料理を食べに行く。すごい油っこいけど、どれもおいしい。大学に戻り、まただらだらしながら二人でネットしたりしつつ、夕方になり、4時頃、強烈なスコールとともに停電。もちろんPCも動かないのですることなし。結局M、今日仕事らしい仕事してなくね?wこんなにゆるい世界から日本へ戻れるのか不安になるくらい、ゆるい。夕飯はまたフィリピン人たちとパンシットという麺を食べて、酒飲みにいって、フィリピン文化満喫。さらにMのうちに帰ってからマタドールというブランデーを飲みつつ、恋バナ♪

2006年09月06日

マニラ→トゥゲガラオ

Tさんは朝早くから仕事だったがあたしは昼くらいまでゆっくり寝て町ぶらぶらする。バクラランという地区の駅前に巨大に広がるマーケットを散策したりする。まぁぶっちゃけマニラにはほとんど見るとこなし。今夜乗るはずの夜行バスが相当冷えるということでパーカーなんぞ探しに行くが、なんとなくダサイので結局マーケットではなく、ショッピングモールでそれなりなのを買う。マニラは、アメリカの影響なのか、各駅にあると言ってもいいくらい、異様にショッピングモールが多い。アメリカより絶対多い。そしてファーストフードのチェーン店も異様に多い。しかも家族連れで結構な賑わい。夜8時の夜行バスに乗って、Mの住む、トゥゲガラオというルソン島北部の小さな町に向かう。所要9時間。マジ寒いってこのバス。

2006年09月05日

マニラ

フィリピンで携帯あった方が便利だろうと思い、SIMカードを購入。イギリスの携帯、もうちょっとかっこいいのにしとけばよかったな。日本以外のほとんどの国ではSIMカード買うだけで使えるようになるんだもん。ちなみに日本のSIMカード付きの携帯は海外のSIMカード入れても使えないように設定されてるんだって。日本てなんて融通の利かない国なのかしら。Tさんとマカティという町の中心まで行って吉野家の牛丼を食べる。1年3か月ふりの吉牛!うまい。こんな所を見ているとフィリピンがとても貧しい国には見えないけど、貧困層と裕福層の差ははっきりと分かれてるんだって。町の印象としてはタイをもうちょっと西洋風にして、人々をもっと小太りでイケてなくしたような…スペインとアメリカの長い統治のおかげか町が他のアジアの国よりなんか西洋っぽいなって感じる。Tさんと別れた後、一人でエルミタ&マラテ地区を散策。「通称ツーリストベルトと呼ばれている」なんて歩き方に書いてあったこの地区、ツーリストなんて誰もいねぇ〜!夜になるとゴーゴーバーで賑わう所なんだけど、昼間はなんかフツーの所。マニラ湾に面した遊歩道ロハス通りを歩くが、マニラ湾は汚くて少し臭かった。海がもう少しキレイだったらイイトコなのになぁ。フィリピン人は親切だし結構フレンドリーで話しかけてくるが、どいつもこいつも「日本人と結婚したい」って友達になろうとするのがしかしうざい。でも英語の通用度は今のところ100%、言葉が通じるって楽チンやね。タガログ語もスペイン語とすごく似てるので読むのはそんな難しくなさそう。夕方Tさんと待ち合わせて今日はモールの中でフィリピン料理を初食べた。Tさんはフィリピン料理はマズイって言ってたけど、普通にうまかった。スパイシーではないが酸味の利いたのが多い?

ロハス通り

2006年09月04日

バンコク→マニラ

フィリピン航空で無事マニラ上陸。マニラって行った人に聞いても睡眠薬強盗に遭ったとか、キラキラしてるの身につけてると狙われるとか、デンジャラスな話ばかり聞くので少し緊張。空港には高校の友人Mの彼氏Tさんが迎えに来てくれることになっていて、会ったことない人と待ち合わせするのも少し大変だった。あたしは新しい方のターミナル2に着いたのだがTさんはターミナル1で待ってて、こういう時に限ってタイの携帯は使えない。結局タイで買ったSIMカードはあまり役に立たず。ま、なんとかご対面して一緒にTさんのうちへ。ゲストハウスに行く予定だったが、なんとTさんのうちに泊めてもらえるらしい。荷物が大量だったので空港に預けようと思ったが、レフトバッゲージサービスなんてものはなく…うちらの飛行機が着いたらすぐ両替所も閉まってしまったし…。町の雰囲気はタイをもうちょっと暗くしたような感じ?Tさんの家の近くのモールで夕飯食べてすぐ寝ました〜。マニラはフィリピン料理を食べる所じゃないってことで、パブ飯。