第二章 飛翔!現役最強馬の海外挑戦
エルコンドル
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 唯一勝てなかったサイレンススズカは亡くなった。
 現役最強馬とはいえ、今のままで最強を語る資格はあるだろうか?
 サイレンススズカの見えない幻影を追い、最強を目指すべく。
 エルコンドルパサーは世界へと飛翔する!

 海外初挑戦となったのは翌年の五月に行われたGⅠイスパーン賞芝1850Mだった。
 ジャパンカップが評価され、堂々一番人気となったエルコンドルパサー。
 しかし、半年振りのレース、海外挑戦での環境の変化。
 そんな不利があってか、3/4馬身差の2着と敗れてしまう。
 サイレンスズカ以来の敗北だったが、エルコンドルパサーが全力を出したとはいえないレースだった。
 GⅠサンクルー賞芝2400M。
 集まったのは当時世界最強レベルの馬たちだった。
 前年度凱旋門を勝利したサガミクス。
 欧州年度代表馬ドリームウェル。
 世界最高峰のレースである。
 ここで勝利するのは世界最強をも意味するものだった。

 エルコンドルパサーは勝利する。
 しかも、2・1/2馬身差という完勝ぶり。
 世界はエルコンドルパサーを知った。
 次のレースはGⅡフォワ賞芝2400Mとなった。
 レースはエルコンドルパサーの勝利に終わるのだが、このレースは頭数が凄かった。
 全部で3頭だったのである。
 エルコンドルパサー、ボルジア、クロコルージュという3頭の勝負だったのだ。
 ここで勝利を納めたエルコンドルパサー陣営は余裕の笑みで言った。
「弱い相手と戦っても仕方ないでしょう」
 世界最強を自負する陣営は凱旋門賞へと目指す。
 GⅠ凱旋門賞芝2400M。
 文句なしに欧州――いや、芝世界最強を決めるレースだといっても過言ではないだろう。
 抜群の調整を終えたエルコンドルパサー。
 しかし、一番人気はモンジュー。
 フランスダービー、アイルランドダービーという二つのダービーを制した名馬。
 7戦6勝2着1回GⅠ3勝している、こちらもまた世界最強馬に近い馬だった。

 レースは二頭のマッチレースとなった。
 両者は二頭でぐんぐんと直線を駆け抜けていく。
 終わってみれば、三着に6馬身もの差をつけていた。
 勝利したのは半馬身差でモンジューだった。
 惜しくもエルコンドルパサーは負けてしまったのである。
 しかし、壮絶な2頭の最高峰のレースに観客はモンジューだけではなく、エルコンドルパサーにも拍手を送った。
 あるフランスの記者が言った。
「2頭のチャンピオンホースがいた」――と。
 そして、エルコンドルパサーは海外にその名を知らしめて引退した。
 

終章 世界へ日本を知らしめた名馬
 エルコンドルパサーはJRA日本代表馬に輝く。
 そして、世界で3位の称号を与えられた。
 この3位というのはダート、短距離、長距離、全てを合わせたものであり、クラシック距離での評価は世界で1位となった。
 彼は世界最強へあと一歩と迫った馬であった。
 しかし、それでもやはり世界最強馬は日本にいたのかもしれな。
 サイレンスズカ。
 唯一、エルコンドルパサーが完敗させられた馬である。
 種牡馬としては成功したとはいえないエルコンドルパサー。
 やはりオグリキャップと同じく競走馬として完成しすぎていたのかもしれない。
 2002年7月16日に腸捻転にて他界する。――後継者は今のところいない。※2005当時

 …だったが、この記事を書いたのは2005年
 エルコンドルパサーは以下の3等のG1馬を見事に輩出している!
 ソングオブウィンド
 勝ち鞍:菊花賞
 ヴァーミリアン
 勝ち鞍:ジャパンカップダート、フェブラリーステークス、JBCクラシック(2007年、2008年、2009年)、東京大賞典、帝王賞、川崎記念(2007年、2010年)、浦和記念、ダイオライト記念、名古屋グランプリ、ラジオたんぱ杯2歳ステークス
 アロンダイト
 勝ち鞍:ジャパンカップダート

 コメント:
 ダート出身、マイラーとしての強さ。
 僕はエルコンドルパサーをオグリキャップの再来かと感じたのを覚えている。
 ……スピードワールドにも同じ気持ちだったが、あっちはダメだった(ノ´∀`*)
 クラシックに出馬できない環境も似ている。
 しかし、彼の時代はNHKマイルカップなどの外国産馬用の裏ローテンションがあったのは救いだったろう。
 オグリもそうであったが、最強を目指す挑戦者にこそ、輝きを感じる。
 願わくば、エルコンドルパサー、サイレンススズカ、グラスワンダー、スペシャルウィークという戦いを有馬記念で見てみたかった(グラスが左回り弱いため)